皆さんこんにちは村井と申します。よろしくお願いいたします。
10分ほどお時間いただき皆様を激励したいと思っております。私がお話するまでもなく、リクルート財団の皆さんは世界で活躍することを前提に我々選考していますので私が申し上げることはあまり無いかもしれません。
私は、たまたまサッカーという世界で生きております。背景写真をご覧いただきたいのですが、後列で手をあげております。先日のシドニーのワールドカップ最終予選で出場を決めた時の写真です。選手ではないのですがピッチになだれ込んで選手と一緒に写真をとったものです。
昨日シドニーから日本に帰国いたしました。私は現在Jリーグのトップの立場で、今日付けで日本サッカー協会の副会長を退任いたしました。実は元々、先ほどご紹介ありましたとおり、リクルートの職員でした。選手のセカンドキャリアという、引退後の選手のサポートをする仕事をリクルートに居ながら影ながらやっていた関係で「そういう人が居るのならばJリーグに来てくれないか」というところで社外の理事から好き勝手なこと言っている間にだったらお前やってみろ、ということで売り言葉に買い言葉でチェアマンになりました。私はそういう意味ではリクルートというのが人生のベースでありながら全くの門外漢でチェアマンになりました。
日本の学校では4月に入学式があるかと思うのですが、Jリーグの入会式というものが4月1日にあります。校長先生の挨拶のようにチェアマンが話をします。「皆さんJリーグへようこそ、これから世界で活躍するためには・・・」と。私自身がサッカー選手でもなく、指導者やコーチ・監督をやった事もない。クラブで働いたこともないし、日本サッカー協会で働いたこともない。ひどいことに直近3年位はリクルートの香港法人を代表しておりましたのでJリーグの仕事も見ていないというそんな人間が突然チェアマンになったものですから、皆さんこうやって頑張りましょうなど全く言えるものがありませんでした。
そこで、困った私は窮すれば通ずるということで、過去10年前にJリーグに入った選手全件のプロファイルを徹底的に調べあげました。10年後でも活躍している選手に共通するものはなんだと。毎年120人位入ってくる全員の5年間分全件についてGP分析を繰り返しました。
当然仮説がありました。心技体といわれる並外れたようなフィジカル。身体能力・もしくはピタッとボールをとまってピタッとゴールの枠の中にシュートを飛ばせるような並外れた足技技術。もしくは本番の時に平常心でいれらるようなメンタル。もしくは人並み以上の闘争心をかきたてアドレナリンが出るような心。この心技体だと言われるものだと思い設計を進めていったのですが全く相関が見つけられませんでした。そこでリクルートに居たことが幸いして持っていた、リクルートの職務適性検査などをひっぱりこんで心技体とは全く違う協調性とか探求心とか、持続力といった「なんとか力」というものを50個くらい並べてもう一回再調査したところ二つだけものすごく相関が高いものがでてきました。
これはサッカーのボールを蹴ったりするようなものとは全然違う内容でした。一つは傾聴力といわれるものでした。人の話を聞く。聞くだけではなく本当に前のめりで倒れるくらい傾いて聞くような傾聴力。そして二つ目は聞くというものとの対局にある主張する力。自分の意見を言う力。この二つに極めて高い相関がでたのです。
はじめは、なぜサッカーでこの二つなんだろうと因果関係が中々わかりませんでした。様々な関係者のディスカッションを繰り返し、追跡調査をしながら見えてきたのは、サッカーがとても理不尽な競技であるということに起因することでした。
人間が手を使わず足を使うものですから、プロが90分やっても0対0で終わってしまうようなことがサッカーには多々あります。誰も望まないオウンゴールなんていう自分で自分のゴールに点を入れてしまうような計り知れないミスが起こったりします。サッカーは頑張れば報われるという様な、そういうラッキーなものではないんですね。時に理不尽なこともあるため、トトカルチョといわれるような、くじの対象になったりすることもあります。
強いものが勝つとは限らないわけです。また、バレーボールのようにネットで仕切られていてフィジカルコンタクトが無い競技とは違って、自分はフェアプレーしていても、後ろからタックルを受けて十字じん帯を断絶してしまって一年間を棒に振るほど理不尽なとこともあります。このように理不尽なサッカーは、何度も心が折れるのですが、長く活躍する選手に共通する力とは折れた心をリペアする力でした。
非常に積極的に物事を聞くことによって「何で右足ばかり私は怪我をするのだろう」「何で私がファウルをもらうときはシュートの前のタイミングなのだろう」「何で私は外されるのだろう」「何で私は足が遅いのだろう」こういう徹底的に傾聴していく姿勢でした。
岡崎慎司選手というサッカー選手がいます。FWの選手です。海外でプレーをしていて日本代表ですが、鈍足万歳という本を書いています。彼は人並み以上に足が遅い選手でした。
けれども彼はものすごく傾聴し続ける中で、サッカーの指導者から学ぶのではなく、陸上のトレーナーをかかえて地面の蹴り方を研究していくうちにボールと一緒に自分もゴールにつっこんでしまうような蹴り方に変わっていくようになりました。
日本代表のキャプテンで今ドイツでキャプテンをしている長谷部選手は、ある本にこう書いています。自分の心はもう弦が太くならない。自分の細い心の弦の太さは変わらない。だからこそ、一番良い張り方に調律をする・チューニングをする。そういった心のありかたの50のメソッドを持っています。と。彼は入団当初胃薬を飲んでプレーするようなそんな選手でしたが、傾聴して、傾聴して、自分なりのスタイルを築き上げました。
そのほかにも本田圭佑選手はビックマウスなんて言われて、ものすごく主張するばかりの人とされがちですが私のところに「何でDAZNとの契約ができたのですか」と細かく聞いてきます。あなたにとってどんな関係があるんだと聞いてみると「選手としてそれを知ることによって僕の世界が広がると思ったんです」というようなことを言ったりしていました。オーストラリアから帰って真っ先に僕のアポイントを取ってきたのは本田圭佑選手でした。明日、明後日には彼と話をすることになっています。
主張することによって、三倍、四倍に話が入ってきます。私はこうやってみたのですがどうでしょうか、と。海外に居てものすごく優秀な選手であっても、練習後に自分の部屋に居て日本人とメールでコミュニケーションして現地の選手と傾聴したり主張し合ったりといったことが無く切り離された状態でいると、いつの日か現地で戦えなくなって日本に帰ってきます。
おいしくご飯を食べる能力とも私は言っていますが、そうした主張する力、コミュニケーションする力。実はこれが折れた心をリペアしていく選手たちに共通するものでした。
先ほど発表された二人の小林さん。器楽の小林さんも緊張する演奏会の時に自分の心をどう整えるかという話がありました。アートの小林さんも多くの皆さんからの質問に対して丁寧に傾聴している姿が印象的でした。実は本業を徹底的に極めていくだけではなくて、こういう仲間と、それぞれ世界一流をめざしていく仲間とお互いにどうしているのか、どうやってこの局面を打開するの、など仲間の間で徹底的に傾聴していくことができるとまた皆さんの世界が広がるのかもしれません。
ちなみに代表選手と前日から一緒に居ましたが極度の緊張状態におりました。負けたら終わり。勝てばワールドカップ優勝。国民のものすごい多くの人が誹謗中傷で森保ジャパンのことを徹底的に攻撃していました。こういう状況の中でこの重圧を跳ね返す選手がどう戦うのかと。ずっと一緒にいた皆に一人一人に聞きました。僕の仮説は傾聴と主張なんだけれどそれはどうなんだと。ほぼ皆同じようなかたちで、折れた心を監督でさえリペアしながら戦っている姿がありました。生まれ持った心技体の秀でた選手が居ないというのも僕にとっては大きな財産となりました。
皆さんもぜひ今後それぞれの分野で世界の頂点を目指し頑張ってください。質問があればいつでも私は傾聴にこたえる用意があります。今日はどうもありがとうございました。
2022年3月27日
公益財団法人江副記念リクルート財団 財団理事
村井満