2021年12月18日(土)13:00開演 紀尾井ホール
新型コロナウイルスの状況が少し落ち着いていた12月18日、満席のお客様をお迎えして、第27回リクルートスカラシップコンサートが紀尾井ホールで開催されました。また、昨年初めて挑戦し、大変好評をいただいた同時配信も行いました。
公演前後にSNS等で耳にしたのは、「なんと豪華な顔ぶれ!」という声でした。今年様々なコンクールで入賞したり、日頃国内外で活躍している奨学生の演奏を一日で聴くことができる、なんと豪華なコンサート!という声がいろいろなところで聞こえてきました。
今年の上半期はコンサートがキャンセルになることも多く、奨学生の皆さんも辛い思いをされたと思います。コンサートに合わせて帰国した後も隔離期間があり、なかなか思うようにリハーサルができないこともありました。それでも、チームの自主練習やリハーサルで意見交換を重ね、遅くまで何度も演奏を繰り返していました。そして迎えた本番では、様々な思いを込めて日頃の研鑽の成果を披露してくれました。
開演の挨拶 今年の10月にショパン国際ピアノ・コンクールで4位に入賞された小林愛実さんが、開演の挨拶をしました。
今回のコンサートも配信を行うこともあり、配信を聴いて下さる方々に向けての企画として、リハーサル風景や演奏者全員のインタビュー、そして奨学生による各曲の聴きどころを休憩時間に挟みました。以下に一部ですがご紹介します。
I. フランク:ピアノ5重奏曲 ヘ短調
吉田南(第1ヴァイオリン)、北川千紗(第2ヴァイオリン)、田原綾子(ヴィオラ)、
水野優也(チェロ)、桑原志織(ピアノ)
【ヴァイオリンの北川千紗さんによる曲紹介】 この曲はフランクが晩年に、サン=サーンスに献呈した曲です。初演でこの曲を演奏したサン=サーンスは、この曲をあまり気に入らず、フランクが書いた自筆譜をピアノの上に置き去りにしたそうです。まるでパズルのようにいろいろなモチーフを組み合わせながら、全楽章で統一感がある、というのがこの曲の最大の特徴だと思います。憂いや喜びといった様々な感情が溢れるメロディーの数々を、この5人で演奏することが本当に楽しみです。
II. ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ
佐々木つくし(ヴァイオリン)、小林海都(ピアノ)
【ヴァイオリニストの佐々木つくしさんによる曲紹介】 まずドビュッシーの曲は聞いただけで美しい風景が頭の中に浮かんでくるようなところが魅力だと思います。印象派を代表する作曲家と言えると思いますが、豊かな色彩や繊細なテクスチャーも特徴だと思います。このヴァイオリン・ソナタを書く時、ドビュッシーは既に病の宣告を受けていて、これが最後の作品となってしまいます。幻想的な美しさだけでなく、暗く緊張感のある雰囲気、グロテスクなユーモア、悲しみの中で自分をふるい立たせるような歓喜も漂わせていると思います。そのような奥深さも皆様にお楽しみいただければと思います。
III. シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47
周防亮介(ヴァイオリン)、石田紗樹(ヴィオラ)、上野通明(チェロ)、小林愛実(ピアノ)
【ピアニストの小林愛実さんによる曲紹介】 この曲は1842年に作曲されましたが、この年はシューマンにとって「室内楽の年」と呼ばれています。室内楽の中で最後に作曲されたこともあり、すごく完成度が高く、聴きごたえのある作品です。古典的な4楽章構成で書かれていて、構成もすごく明快で、見事にまとめられている作品です。私としては第3楽章が一番好きで、すごく優雅で美しいメロディをそれぞれの楽器が奏でるので、楽しんでいただければと思います。私達のチームはそれ程若くはないので、大人な落ち着いた美しいシューマンを楽しんでいただければと思います。
IV. ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調
辻彩奈(ヴァイオリン)、鳥羽咲音(チェロ)、藤田真央(ピアノ)
【ピアニストの藤田真央さんによる曲紹介】 ラヴェルは非常の愛国心の強い作曲家で、第一次世界大戦では自ら望んで兵役につきました。この曲は国の為に戦うという前の段階で書かれた曲です。ラヴェル自身、兵役について自分自身死ぬかもしれないと思う中で、それまでに培った知識や技術のすべてをこの曲に詰め込んだと言われている曲です。この立派なピアノトリオを5週間で仕上げていますが、曲の中でヴァイオリン、チェロ、ピアノが非常に活躍するように書かれています。音域が広く、トレモロがたくさんあります。また弦楽器にはフラジオレットがあり、ラヴェルはいろいろな響きをこの曲の中に詰め込んでいます。それぞれの楽器が瞬間瞬間でメロディを受け渡して、それぞれが輝くような、そんなところを感じていただければと思います。
V. ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調
戸澤采紀(第1ヴァイオリン)、佐々木つくし(第2ヴァイオリン)、石田紗樹(ヴィオラ)、上野通明(チェロ)
【ヴァイオリニストの戸澤采紀さんによる曲紹介】 この曲には「クロイツエル・ソナタ」という題名が付いています。帝政ロシア時代の文豪であるトルストイが書いた「クロイツエル・ソナタ」という小説があり、それを題材にヤナーチェクがこの曲を作曲しました。この小説は、主人公の男性がいて、奥さんがアマチュアでピアノを弾く。この奥さんがあるヴァイオリニストと出会い、不倫に発展してしまう。主人公は悩みながらも、密会の現場に乗り込み、妻を刺し殺してしまう、という内容です。この一連の流れがそのままこの曲で表現されています。曲自体は15分位の短い曲なのですが、小説の中で起こる事件が時系列に演奏され、とてもドラマチックな曲です。聴きどころは、4楽章に妻を刺し殺してしまうところがあるのですが、その場面をヴィオラが奏でます。その後の修羅場が終わった後に、再び第一楽章で奏でた愛の主題が演奏されます。いろんな場面を想像しながら聴いていただけると嬉しいです。
VI. ブラームス:ピアノ四重奏曲 第3番 ハ短調 作品60
前田妃奈(第1ヴァイオリン)、田原綾子(ヴィオラ)、岡本侑也(チェロ)、阪田知樹(ピアノ)
【チェロの岡本侑也さんによる曲紹介】 この楽譜を出版する際、ブラームスが出版社に対して、楽譜の表紙にはピストルを頭に向けた男の人の絵を書くといい、と言ったというエピソードが残っています。また、ゲーテが書いた「若きウェルテルの悩み」という小説と関連付けて解釈されることがあります。その小説は、ウェルテルが叶わぬ絶望的な恋をしてしまい、思い詰めてピストルで自殺してしまうという内容です。ブラームス自身もこの曲を書いた当時は、身近な存在であったロベルト・シューマンの自殺未遂、クララ・シューマンとの親交などがあり、ウェルテルの話と結びついているのかなと思います。曲も最初は重苦しい張り詰めた緊張感の中で始まるのですが、一番最初のピアノのドの音がピストルを彷彿とさせるような始まり方になっています。2楽章は、命懸けでクレイジーで、精神的に思い詰めてしまいそうな曲調ですが、3楽章は対照的で、すごく甘美というか心から愛を歌い上げるような、本当にいい曲です。皆さまに、ブラームスの当時の心境を少しでもお伝えできるように頑張って演奏したいと思います。
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◆岡本侑也さんのアンコール曲 ガスパール・カサド: 無伴奏組曲より 第3楽章
チェリストの岡本侑也さんは、奨学生として9年間江副記念リクルート財団に在籍され、今回が奨学生として最後の演奏となりました。そこで最後にご挨拶とアンコールをお願いしました。同じチェリストの上野通明さんと水野優也さんとの楽しい会話の一部をご紹介します。
上野通明さん: 岡本君とはいろんな場所でご一緒することがあるのですが、どんなに難しい曲でも難なく弾きこなし、しかも音楽的なので、いつも指をくわえて見てて、刺激を受けています。プライベートでも二人とドイツに居るので、自宅に泊まりに来てくださったりして、親しくさせていただいています。今回が最後だと思うと本当に寂しいです。
水野優也さん: 個人的には、約10年前に岡本さんの日本音楽コンクールでの演奏を聴いたことが、自分も音楽家の道を目指そうと思ったきっかけでもありました。いつも背中を追いかけている、本当に尊敬する先輩です。
実は、僕は今年パーマをかけたのですが、先日岡本さんもパーマをかけていて、上野君ももともと天然パーマなので、「パーマ仲間」としても仲良くして頂けたら嬉しいです(笑)。
岡本侑也さん: 私が財団奨学生になった時は、宮田大さんや田村響さんがいらした頃で、大先輩方の背中を必死で追うという状態でした。ところが気づくと最年長になっていて、若い世代の方々の背中を追っている感じで、いつも刺激を受けています。
財団では毎月レポートを書くのですが、他の方々のレポートを読むのがとても楽しく、勉強になっています。毎月レポートを書く身体になってしまっていて、今後も送りつけてしまいそうです。
一番最初の選考審査がこの紀尾井ホールで未公開で開かれたのですが、その時カサドの無伴奏組曲の第1楽章を弾いたので、今日は第3楽章を弾かせていただきたいと思います。
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配信では、岡本さんの卒業特別インタビューの様子も放映されました。
財団奨学生としての9年間のご自身の成長や成果は?
私が初めて奨学生となった頃は、チェロの宮田大さんやピアノの田村響さんがいらした頃で、大先輩方の背中を必死で追いかけていました。
そのころ初めて留学を始める頃で、新しい環境で生活をすること自体が大変でした。でも財団の皆様の応援のお陰で、勉学にも練習にも集中して取り組むことができました。先生方にも大変恵まれ、技術的なこと、表現方法など沢山吸収することができました。
2017年にエリザベート王妃国際コンクールで2位に入賞して、それによって演奏活動の幅もh広がり、素晴らしい方々と共演することもできました。2019年には、クリスチャン・ツィメルマンさんとの共演もあり、演奏に関してはもちろん、人間的なことについても衝撃を受ける位大きなこと学びました。
スカラシップコンサートの思い出は?
北村朋幹さんがリーダーとなって全員で演奏したことが思い出に残っています。共演したことのなかった方とそこで共演でき、遊びもあってすごく楽しかったですね。
どんな演奏家を目指されますか?
どんな曲に取り組むとしても、いつも自然体で、クリエィティブで、いろんな曲に挑戦したいですね。いろいろな文学や美術にも触れて、感受性を磨いて、表現の幅を磨いていきたいと思っています。
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演奏後、演奏者全員が感じていたのは、このコロナ禍でも満員のお客様の前で演奏できた喜び、1年に1度同じ奨学生の仲間と室内楽を演奏できた喜びだったと思います。そしてコロナ禍でも紀尾井ホールに足を運んでくださり、また配信でも聴いて下さった方々への感謝の気持ちだったようです。
お客様も、将来有望な若者がこれ程多く集まり、持てる才能を最大限披露するこの演奏会を、存分に楽しんで下さったと思います。奨学生達の今後の活躍を応援していただけると幸いです。
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同時配信では、事前に撮影した演奏者全員のインタビューやリハーサルの様子を休憩時間に挟み、演奏者の素顔を垣間見ていただくことができたのではないかと思います。ほんの一部ですが写真でご紹介します。
【演奏者インタビュー】
【リハーサル風景】