江副記念リクルート財団の皆様、2015年度から2022年度までの長きに渡り最大のご支援を賜り、世界へと挑戦させ続けてくださいましたことに心より感謝申し上げます。
この8年間は、挑戦したいこと、学びたい場所、あらゆることに向けて、資金面の心配なく躊躇せず飛び込んでゆくことができました。そのすべてが江副記念リクルート財団様のお力添えのおかげでした。東京藝術大学在学中は、奨学金で国内外のマスタークラスやプライベートレッスンを積極的に受講しながら研鑽を積み、初の海外コンクールとなった2016年のマリア・カナルス・バルセロナ国際ピアノコンクールや、翌年のヴィオッティ国際音楽コンクールで第2位となりました。
当時からどこに行くのも私は単身でした。初めての国、未知の舞台へと、たった一人で出かけて演奏することで、自分と向き合い、次第に度胸をつけて行きました。時には忘れ物をしたり、イタリア人指揮者の対応に困ったり、いろいろとありましたが、常に貴奨学生としての誇りを持って正々堂々と頑張りました。
参加した殆んどの国際コンクールにおいて、日本人は私だけという環境が多かったのは、偶然ではなかったかもしれません。そのおかげで、会場の音響を自分の耳で判断するすべや、様々な国の指揮者やスタッフの方々に、主張すべきことを自分でしっかり伝えつつ、なごやかにコミュニケーションをとっていく重要性を学ぶことができました。実力と人間性を兼ね備えたコンテスタントに出会って学ぶことも多々ありました。こうした国際舞台に立つうちに、音楽的な学びはもちろんのこと、精神的自立と人間力が必須であることを、比較的早い段階から肝に銘じることができました。
2018年に東京芸術大学ピアノ専攻を首席で卒業し、その4月からベルリン芸術大学で、貴財団の奨学金によって念願の留学生活をスタートさせました。以来今日まで、クラウス・ヘルヴィッヒ先生の緻密で繊細なご指導を受けながら、一歩一歩学びを深めてまいりました。
世界最高峰の音楽家たちが集い、歴史と革新を併せ持ち、常に刺激を受けながら生活できるベルリンは、私にとって願ってもない理想的な場所です。こちらの人はコミュニケーションの距離が近く、表情豊かではっきりと感情を表しますので、私も少しずつ自分のベールを外して視野を広げていきました。
そんな中、2019年に参加して2位をいただいたブゾーニ国際ピアノコンクールは、2年かけて行われる珍しいコンクールでした。予備予選で選ばれた100余名が、1年目の予選会で20名ほどに絞られ、2年目の本選大会への出場権を獲得します。この本選大会も日本人は私のみという状況になりました。客席にも日本人は誰一人いません。そんな中、ラウンドが終わるたびに話しかけてくださるお客様が何人もいらっしゃりお話しいたしました。コンクールといえども、ピアニストとして人々の前に立つということは、様々な方が私を通して日本という国を視ているのだと、舞台に立つ者としての責任を自覚する契機になりました。
2020年に突然見舞われたコロナ禍では演奏会が全て無くなり、前年のブゾーニコンクール2位によって得た多くの演奏機会もすべて水の泡となってしまいました。日本とドイツの行き来もなかなかできない歯がゆい時期でしたが、演奏をお客様に聴いていただける喜び、そして生の音楽を聴く充足感を、改めて心に刻みました。
そして2021年、世界中の国際コンクールが延期やキャンセルとなる中、先陣を切ってイスラエルで開催された、アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノマスターコンクールにて銀メダルを受賞しました。昔から憧れていたこのコンクールで、素晴らしい音楽家の皆様と共演し、かけがえのない時間を過ごすことができました。しかし喜びもつかの間、その後の入賞者ツアー中、パレスチナ情勢の悪化によりミサイルが飛び交い、戦争の恐ろしさを垣間見る経験をしながら演奏会に出演、その数日後には全ての飛行機が欠航となり空港も閉鎖寸前の大混乱の中、唯一飛んだ国営機になんとか飛び乗り、ドイツへと戻りました。このとき、ハノーファーに住む3位の中国人のかたと協力して同じ飛行機に乗り込みました。希少なチケットをギリギリでゲットしてくれたのはコンクールのアーティスティックディレクターのコーエン氏でした。この経験は、平和ボケしていた私にとって、音楽に向き合う上での重大なターニングポイントとなりました。
2023年3月、再びイスラエルへ招かれ、今年開催される第17回ルービンシュタインコンクールのオープニングコンサートに出演し、ラフマニノフピアノ協奏曲第4番をエルサレム交響楽団と共演いたしました。コンクール時のメンバーやスタッフの方々とも再会を喜び合い、共に音楽を奏で、沸き立つような聴衆の皆様と音楽を共有できる、こんなに嬉しいことはないとつくづく思いました。
このたびの卒業にあたり、今まで提出してきたレポートを読み返しますと、自分がいかに恵まれた、充実した日々を送って来られたかを深く実感いたしました。何か後悔があるわけではありませんし、精一杯やってきたつもりですが、それでも、本当はもう少しやれたのではないか、と思ってしまう事も正直なところありました。しかし、そういった想いも含め、今の私を形造るこの日々全てを、江副記念リクルート財団様にずっと支えていただいていたのだというあまりに大きなご恩に、改めて胸が一杯になりました。この先続く人生で、自分がどのような活動をしていけるのか、私の真価はこれから問われていくものと思っております。今までのご恩を胸に、これからもひたすら前を向いて音楽の道を進み、少しでも社会に貢献してゆけるよう一層頑張ってまいります。
■後輩の皆様へのメッセージ
インターネットにより世界は日に日に身近になっていますが、それでも実際に世界に出て行かなくては分からないこと、知ることができないことはたくさんあると思います。奨学生としてご支援いただくことで圧倒的に広がる可能性を活かして、リスクを悩みすぎず、度胸を持って挑戦していっていただければと思います。
また江副記念リクルート財団奨学生は、学術・スポーツ・アート・音楽という、全く違う分野で活躍する同年代の方々と交流できるのも大きな魅力だと思います。実は対面で総会が行われていた頃、私は自分にとって未知の分野を専攻している方々に対して緊張してしまい、あまりお声をかけることも出来ずにおりました。ですが、そんな私に話しかけてくださる方がいらしたり、コロナ禍でのオンラインの総会では皆様と活発に話せる場を財団様が設けてくださったりしました。その結果、異分野の皆様から沢山の刺激を受けることができたと感じています。ですので、ぜひこのご縁を活かして、積極的に皆様と親交を結ばれてみてください。