江副記念リクルート財団学術部門第48回生の佐藤満龍です。私は4年以上にわたり財団の支援を受け無事にエディンバラ大学で計算機科学の学士号を、ケンブリッジ大学で計算機科学の修士号を取得することができました。イギリスの留学にかかる費用は非常に高額で財団の支援なしでは学士号すら取得ができず大学を中退していた可能性を考えると長きにわたり支援をしていただいたことは感謝しても足りないぐらいだと感じています。
私は高校卒業後そのままイギリスの大学へ渡り、計算機科学を専攻しました。中でも私が興味惹かれたのは自然言語処理とそれに関連した人工知能技術であり、学士号のコースで“計算機科学と人工知能”というコースを選択したのもそのためです。自然言語処理と聞くとほとんどの人が真っ先に思いつくものにChatGPTがあると思います。まるで人間と話しているような自然な会話を実現したといえるこのような自然言語生成AIの出現は私が留学を志した当時では想像もつかないものであり、自然言語処理の分野が非常に高速で発展し続けていることの表れであり、学部、修士ともに自然言語処理に携わってきた私にとっては喜ばしい限りです。しかし、自然言語処理が高度に発達した今日においても、私が留学を志した際に目的としていた、言語以上の概念をも理解もしくは扱うことのできる言語モデルの完成はまだ完全でないと個人的には考えています。小説の翻訳にいまだ翻訳者が必要なことが、人工知能はいまだ言葉の持つ雰囲気や背景知識、連想される情景を完全にはとらえきれていないことを示唆していると考えます。大学四年間、そして修士の一年を通して、自分が目標としてきたもののカギとなるものが自然言語処理の分野における“語用論”であると感じました。私はもともと私の目的に必要なのは自然言語処理分野の“意味論”であると考えていたのですが、語用論について学ぶうちに、言葉そのものの意味に加えてその言葉が発話された文脈、さらにはその言葉を発したもしくは聞いている人間の持つ知識や文化的背景までも考慮する語用論の方がより汎用性が高い人工知能のモデル作成に役立つと考えました。修士号の卒業研究でGPTをはじめとした大規模言語モデルが語用論的な視点から見たときにまだまだ改善の余地があることが確認できたのは非常に興味深く、自然言語処理のための人工知能にはまだまだ探索と試行錯誤の余地があることが分かり少しうれしい気持ちになったのを覚えています。このように留学していた5年間ただひたすら自然言語処理と人工知能の学習に集中することができたのは、財団の皆様が支援をしてくださり私が学習に集中することができる環境を整えてくださったおかげです。本当にありがとうございました。
今後私は既存の言語モデルをより実践的な視点から理解するため学術界を離れ、就職をして社会の中における自然言語処理の技術に注目していきたいと考えています。身を置く場所は変わりますが、私は引き続き自然言語処理に携わり続け、自然言語処理の発展に貢献していくことが出来たら光栄だと考えています。
留学生活は私の計算機科学および自然言語処理に関する知識と知見を深めただけでなく、人としての成長も促してくれたと感じています。身についた能力や考え方の中でも私が今後の人生でも重要になると感じるものは予想外の状況に対しての対応力です。私は海外に単身で留学するということには何かと予想外の出来事が起こるものだと考えています。私は中国に16年住んでいた影響で日本以外の国での生活に対してある程度の免疫は持っていたのですが、それでも初めての欧米圏での初めての一人暮らしは新鮮な驚きとカルチャーショックの連続でした。そうした経験を繰り返し、問題を解決していくうちに、私は自然と予想外の出来事にもあまり驚かなくなり、冷静に対応できるようになっていきました。予想外の出来事というのはいつでもどこでも起こりうることなので身についたこの対応力は私にとってとても貴重なものであるといえると思います。また、一方で海外留学を通じて身に染みて再確認できたのは友人の重要性です。友人が重要であるという経験は何も海外へ出なくても感じることができるものですが、海外生活における友人、特に境遇を同じくする留学生の友人は私にとって本当に心の支えになりました。海外生活は楽しいことだけではないのでストレスがたまることもありますが、そんな時境遇を同じくする友人たちとそのことについて少し愚痴を言うだけでもだいぶ心は晴れるものだと思います。また、本当に大変な問題に直面した時、親身になってともに問題を解決してくれる仲間の存在は非常に心強いです。また、勉学の面でも、気になる話題について時を忘れて議論をできる友人は時に新たなインスピレーションを与えてくれてとても貴重です。私は5年を通して友人が大切であるという事実をさらに深く実感することができたことは人生の財産であると考えています。
最後に、差し出がましいですが後輩たちへのメッセージというかアドバイスのようなものを残しておきたいと思います。海外留学は予想外の出来事が多発すると思います。特にそれが初めて行く国であればカルチャーショックを受けることも多々あるでしょう。それらにどう向き合っていくかは人それぞれで十人十色だと思いますが、私がおすすめするのはやはり信頼のおける友人を作ることです。留学当初は言語の壁や文化の違いなどで友人を作りにくいと感じることがあるでしょう。それでもできるだけ友人を作った方がいいと私は考えます。それは、友人が、留学中の良き理解者であり、問題解決の際の良きアドバイザーであり、学問を共に学ぶ仲間となるからです。また、友人を通して情報交換を密に行うことで、そもそもの予想外の出来事を事前に回避したり、対応策を練っておいたりすることができることも少なくありません。