この夏にユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)医学部医学科を卒業いたしました、島戸麻彩子です。1年次より江副記念リクルート財団からご支援いただいたおかげで、6年間医学部内外で自分の興味を追求し視野を広げることが出来たと感じています。
UCLへの進学が決まった当初、私は①確固たる医学知識を習得し、②最新の医学研究や技術にアンテナを張り、③実習や課外活動で様々な価値観に触れ医療の社会的・政治的な側面を理解する、という3つの軸を持って6年間を過ごすことで、国際的に活躍できる医師となり世界の健康問題に貢献する第一歩を踏み出したいと考えていました。達成度合いを客観的に評価することは難しいですが、特に印象に残っている医学部在籍中の思い出について、これらの目標と照らし合わせながら振り返りたいと思います。
医学部での学び
まず、医学部生活に最も大きな影響を与えたのは何といってもCOVID-19のパンデミックでした。厳重なロックダウン体制のなか臨床実習を開始したため、実習カリキュラムの変更は不可避でしたが、スケジュール調整に奔走してくださった大学スタッフの皆様、そして現場で可能な限り指導に時間を割いてくださった医師の先生方のおかげで、実践的な学びを得ることができました。また、オンラインパネルディスカッションへの登壇や論文の執筆などの手段を用いて、コロナ禍におけるイギリスでの医学教育の現状や、集中治療室で看護補助にあたった実体験について発信しました。(DOI: 10.11197/jaih.35.261)
日々の臨床実習において患者さんと向き合う中で、五感と言語的・非言語的コミュニケーションの両方を駆使し、患者さんと同じ視点から一緒に治療方針を練っていく姿勢を身に着けられるよう努力しました。多様な人種が共存しているロンドンで、様々な宗教・文化・価値観やそれに由来する個々の医療ニーズに触れ、それらをマネジメントに反映する大切さと難しさを実感しました。また、医学部のチューターとして継続的に医学部低学年向けセッションを企画・担当することで、私自身の医学知識を深め、そして相手のスピードに合わせてかみ砕いて物事を説明する力を伸ばせたように思います。
在学中の研究活動
医学部3年次には、医学部の途中で医学関連の学士号を取得するIntercalationという制度を利用して、Francis Crick Instituteにて肺がんの腫瘍微小環境の構成と危険因子や予後との相関を分析しました。Imaging mass cytometryという解析技術を用いたデータを分析するアルゴリズムの製作、研究者の先生方との論文ディスカッション、分析結果と今後の研究方針に関するプレゼンといった新しいチャレンジを通して、臨床課程とは違う角度から「がん」の病態を捉えるだけでなく、忍耐力や批判的思考を伸ばすことが出来たと思います。そして、その成果がFirst Class Honoursと学士号の成績にも反映されたことで大きな達成感を味わいました。
また、昨年度からはUCL Institute of Child Healthのチームの一員として、小児がんに関する国際研究にも携わっています。診断時の進行具合や予後における地域差を明らかにし、同時にそれぞれの国での急性期小児医療の現状を比較分析することで、小児がんの早期診断への糸口を見つけられるよう奮闘しています。
グローバルヘルス分野に関連する課外活動
実習・研究以外の時間には、グローバルヘルス分野の基礎知識を伸ばし視野を広げるべく、6年間を通して様々な課外活動に取り組みました。その結果、UCL医学部卒業生の中で最も低中所得国の医療課題に取り組んだ学生に与えられるDr Karen Woo International Award 1st prizeをいただきました。
例えば、イギリスのチャリティー団体のUCL支部リーダーとして、西アフリカのガンビアにおける子どもの健康改善プログラムを、現地のNPOと共同で立ち上げました。地域の小中学校、病院・看護学校、家族計画の促進団体、地方議会を訪ねたり、助産婦さんや授乳中のお母さんたち、若者用施設のマネージャーにインタビューをしたりして、持続可能なプロジェクトデザインにこだわりました。そして、National Committeeに参画しチャリティー運営の中枢を担い、プロジェクト評価や財務管理に関する基礎的な知識も体得しました。
英国開発学勉強会(IDDP)の代表を務めた際には、教育・人道支援・都市開発といった様々な国際開発分野において第一線で活躍されている講師の方々を招いて勉強会を毎月開催し、保健課題が地域特有の社会課題と複雑に絡み合っていることを再認識しました。IDDPのネットワークを駆使して、医師の専門性を生かしたグローバルヘルス分野でのキャリアパスについて様々な方からアドバイスをいただくにつれて、少しずつ具体的な夢を描けるようになりました。
コロナ禍を経てオンライン交流が盛んになったことを契機に、グローバルヘルスに関心を持つ若手医療従事者が国の垣根を越えてディスカッションできる場を作りたいと思い、有志団体TOMO Global Healthを立ち上げました。異なる国のメンバーから成るオンラインチームを率いて新しい取り組みを進めることは簡単ではありませんが、日本やイギリスのアワードを複数受賞したり、プロジェクトを論文として学会誌に投稿し国際学会で発表したりと目に見える形で少しずつ成果を示せていることが、私自身そしてチームのモチベーションに繋がっています(DOI: 10.1080/23744235.2023.2231082)。実際にケニア支部を訪ねた際には、現地の医療従事者の方から医療システムや地域課題について直接伺ったり、教授の先生や学生メンバーと今後の活動の可能性について議論したりながら、オンラインで築いていた関係性をさらに強めることが出来ました。
また、卒業直前の選択実習期間には、南アフリカのケープタウンで6週間小児科実習を行いました。地方総合病院と小児専門病院という異なる2つの施設で小児医療に触れる中で、国内の経済格差の大きさ、HIV・結核をはじめとする感染症の有病率の高さといった南アフリカの社会課題を目の当たりにし、私に何ができるのか思い悩むこともありました。同時に、現地の医師や医学生と医療課題や医師のキャリアについて毎日のように話し合ったことで、この実習中に得た気づきを将来生かせるように、今出来ることを一つ一つ積み重ねていこうと決意を新たにしました。
今後の方向性
勉学・実習・課外活動を両立するための時間管理やバーンアウトしないための心身のケアに注意しつつ、興味を持ったことに主体的に取り組んだことで、これからのキャリアの軸が少しずつ定まってきたように思います。長期に亘って一人一人の患者さんやご家族と向き合い、身体症状だけでなく社会的・精神的側面も鑑みたケアを考え、そして、その臨床経験を活かしつつ公衆衛生学的な視点から地域を俯瞰し、周りを巻き込んで連携体制を築けるような医師を目指しています。加えて、異なる価値観や文化に触れることや新しい環境に飛び込むことが好きなので、医学部在学中に得たネットワークを活用しながら世界の様々な地域における医療の現状や課題を理解して、グローバルヘルス分野に貢献できる道を模索していきたいです。
新米医師としてイギリスで働き始めますが、忙しい中でも知的好奇心を忘れず興味を追求し続け、これまでの経験を糧に私らしいキャリアを描いていけたらと思います。最後になりますが、輝かしい同年代の奨学生と切磋琢磨できる環境を作ってくださり、日本から長らく見守ってくださった江副記念リクルート財団の皆様に改めて感謝申し上げます。