2024/11/16

牛田さんが語る室内楽の魅力とは│六重奏で聴くショパン・ピアノ協奏曲

2024/11/16

牛田智大

牛田 智大 Tomoharu Ushida

この度は素晴らしい方々とともに江副記念リクルート財団の奨学生に選んでいただきとても光栄です。ショスタコーヴィチの言葉に「1ミクロンの差が偉大な芸術かそうでないかを決する」というものがありますが、日々作品と向き合うなかでの…

今年度から奨学生としてお迎えした牛田智大さんがプログラミングした、この日の「六重奏で聴くショパン・ピアノ協奏曲」コンサートは、普段は管弦楽と演奏されるピアノ協奏曲を、弦楽五重奏と演奏するという珍しいプログラム。このインタビューの中で、ショパンが遺した2曲の協奏曲の裏話やこのプログラムを選んだ理由、そして室内楽の魅力を語ってくれています。また、音楽家として何を大切にしているのか等、とても興味深い話を聞くことができました。

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Q1. この日のコンサートは「六重奏で聴くショパン・ピアノ協奏曲」でした。プログラムノートによると、管弦楽のパートを弦楽五重奏に編曲して室内楽編成で演奏することは当時から行われていたそうですが、この日のプログラムにショパンの協奏曲の室内楽編成を選んだ理由はどんなところにあったのでしょうか。

平日昼の早めの時間に開演する、クラシックを気軽に聴きたい方々のためのシリーズでの公演だったので、いわば本格的な室内楽の世界への入口になるようなプログラムができればということで選びました。よく知られた作品ではありますが、編成と解釈の面で新しい方向からのアプローチを試すことができ、同時にアンサンブルの本質的な魅力も感じていただけたのではないかと思っています。

オーケストラのための作品をピアノや室内楽のために編曲して演奏することはショパンの時代にはすでに行われていましたし、実際彼の2つの協奏曲には作曲者本人によるピアノ五重奏版が存在します。しかしこれはどちらかというと仲間内で作品を愉しむためのもので、オーケストラの音の「メモ書き」としての特徴が強く、和声が薄かったりパートが省略されている部分が多いため演奏会で取り上げるにはやや物足りないところがあるのです。

一方、頻繁に演奏されるオーケストラ版にも問題がないわけではありません。ピアノパートに対していささかアンバランスなオーケストレーションによって作品本来の「生命力」が削られてしまったり、管楽器に与えられた美しい対旋律が弦楽器に埋もれてまったく聴こえなくなってしまったり、Tuttiの部分に頻発するまるでベートーヴェンのような「刻み」の音型がはたしてショパンのスタイルにふさわしいといえるのかという疑問があったり、これらは常に議論されてきました。

室内楽版とオーケストラ版、それぞれ双方の課題を克服し再構築することを目指したのが、今回の「ケナー=ドンベクによる六重奏版」です。私はこの版が発表されたときから注目していて、いつか演奏してみたいと考えていました。カルテット・アマービレの皆さん、そしてコントラバスの加藤雄太さんという素晴らしい方々とご一緒でき、リハーサルを通してたくさんのアイデアや刺激をいただけたことがとても嬉しかったです。

「六重奏で聴くショパン・ピアノ協奏曲」コンサートにて

Q2.  この日の演奏にはどんな気持ちで臨まれ、終演後は何を感じていましたか?

「ピアノのソロ+伴奏」という形に落ち着いてしまいがちなオーケストラ版と比べて、この六重奏版ではピアノと弦楽器の5つのパートが完全に対等になります。ですから本番では「よりアンサンブル的な」親密さを感じながら演奏でき、このうえなく楽しい時間を過ごすことができました。ショパンの作品でこういう精神状態になれるのはとても稀なことです(笑)。

Q3. 牛田さんにとって室内楽の魅力はどんなところにあるのでしょうか?

室内楽のいちばんの魅力は、なによりも偉大な作品がたくさんあることです。言葉では言い表せないほど素晴らしい作品がたくさんあるので、もっと勉強したいと思っています。

それほどたくさん経験があるわけではないですが、室内楽を演奏するたびに感じるのは「複雑」であることによる面白さです。たとえばオーケストラは基本的に大人数がひとつの方向に向かって演奏しますよね。それは言い換えれば大人数でも合わせられる、いくらか単純化されたフレージングや解釈で弾かなければならないということです。いわゆる即興性みたいなものに至っては(一部の異次元なオケを除けば)発生する余地は比較的小さいものになります。

一方ひとりで演奏するときには、もちろんフレージングやポリフォニーによって複雑さを作り出すことはできますけれど、それでも基本的に自らの想像力の範囲を超えて音楽をつくることは難しい。その意味で室内楽は、いわば複数の「ソリスティックな」パートが組み合わさることによって、お互いに歩み寄ったり衝突したりしながら、より複雑で生気に満ちた音楽をつくれる可能性があるということが魅力のひとつだと思います。

Q4. 現在留学しているのは、ポーランド、ワルシャワにあるフレデリック・ショパン音楽大学。ワルシャワはどんな街でしょうか。ワルシャワはやはりショパンを感じる街でしょうか?

とても良いところです。治安が良く、人々が温かく、そしていわゆる「巨大都市」的な雰囲気があまり強くなく、素朴な街であることが気に入っています。ヴィスワ川というポーランドで最長の川が街の中心を流れているのですが、その付近の景観がとても開放的で美しく、天気が良ければ散歩に行ったりするのも好きです。

ポーランドにはピアノだけでなく弦楽器や現代音楽などでも奥深い伝統があります。とはいえショパンの音楽がとても大切にされているのも確かで、街並みなどからポーランドが抱える悲劇的な歴史に目を向けさせられることもあり、そういうときにはショパンの作品への向き合い方が少し変わるような気がします。

ワルシャワ新世界通り
ワルシャワ新世界通り
ヴィスワ川沿いの景色

Q5. 最近、25歳になられましたね。今後、どのようなピアニストになることを目指していますか?また今、それに向けて具体的に取り組んでいること、取り組みたいことはどんなことでしょうか?

将来に向けて考えることはいろいろあります。純粋に音楽的な面でも、キャリアとしても、音楽界に貢献する意味でも。ただそれは状況によって日々変わりゆく可能性を持ったものなので、どんなことが起きても応えられるだけの能力を身につけておきたいとは思いつつ、いまの時点でなにか明確にルートを固定しようとは思っていません。

一方、音楽家の「核」としての意味で常に忘れずにいたいと思うのは「なにかこれまでにない新しいものを提示する」という姿勢です。いわゆる名曲といわれる作品であったり、多くの演奏家によって弾き継がれてきた作品を取り上げるとき、もちろんあまり知られていない作品を取り上げるときにも、作曲家や楽譜への誠実さや忠実性は保ったうえで、なにか新しい解釈への扉を開くような瞬間をつねに持たせておきたいと思っています。それは決して気を衒って人と違うことをするということではなく「新しさ=自分がその作品を取り上げる意味」を見出すことができる作品を慎重に選んでいくという意味で…過去に固定化された解釈を単純にもう一度繰り返すようなことが起こらないように、自らが作品にとって必要な存在なのだと信じられるような仕事をしていきたいと思っています。

それは公演のプログラムを考えたり、企画を組んだりするときにも同じことがいえるかもしれません。常になにか新しさを見出して、小さくとも変化や改善を続けていくことが、いつか大きく身を結ぶことにつながるのだと信じています。

ショパン音楽大学の正門前

Q6. 牛田さんの発する言葉を見ると、哲学者のようだと思います。読書や文字が好きだそうですね。読書や文字が牛田さんのピアノに与えるインスピレーションは大きいのでしょうか。

哲学的にしようなどとはまったく思っていないのですが(笑)ほんとうに頭が良い人はシンプルな言葉で多くを語ることができますから、それを目指さなければと思っているところです。ミハイル・プレトニョフがとあるインタビューで「音楽家は言葉を発した瞬間に詩人にならなければいけない」と語っているのを耳にしたことがありますが、私も音楽に関することはできるだけ具体的に言語化できるようにしたいとは思っています。

本を読むことはもちろん大好きですが、それほどたくさん読むわけではありません。音楽作品を学ぶときと似ていて、時期によって取り憑かれる作家や作品があり、数ヶ月にわたって同じ作品だけを繰り返し読み続けることもあります。現実世界のほかに、もうひとつの「居場所」を与えてくれるような作品に出会えたときはとても幸せです。音楽への影響は…あるような、ないような。

Q7. 牛田さんは小さい頃にピアノの才能を見出され、今に至っていますね。その間困難なこともあったと思いますが、これまで続けてこられた大きな要因はなんだと思われますか?

さほど困難というまでのものがあった自覚はないのですが…もっとも大きなモチベーションになったのは、やはり偉大な作品への憧れです。「この美しい音楽を、自らの手で、自らの思うままに音にしてみたい!」という執着心のようなものが日々の勉強を支えてくれました。20代に近づき、漠然と思い描いていた音楽的なアイデアを整理して音に変換する方法を学ぶにつれて、この仕事がこのうえなく楽しいものだとさらに感じられるようになりました。

そしてなによりも聴いてくださる方々の存在があったことです。色々なことがありましたが、温かく見守ってくださる方々のおかげで勉強し続けることができたのだと感謝しています。

幼稚園時代

Q8. 今、ピアノ以外ではまっていること、やりたいことはどんなことでしょうか。

いまはピアノの仕事が楽しいので特に思いつきませんが、そのうち時間ができたら料理を勉強してみたいとは思っています。ワルシャワでたまになにか作ろうとするのですが、とにかく手際が悪くていつも苦労するので…いつの日か料理アプリを見なくても、冷蔵庫にある材料からレシピを組み立ててなんでも作れるようになったら楽しそうだなあと思っていますが、なかなか実行には至りません(笑)。

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「この美しい音楽を、自らの手で、自らの思うままに音にしてみたい!という執着心のようなもの」があるから、厳しい日々の練習でも音楽を楽しむことができるのですね。また、大事にしている音楽家としての核は、「なにかこれまでにない新しいものを提示する」という姿勢、と語る牛田さんは、見る人、聴く人を飽きさせない、常に新しいものを感じさせてくれる創造的な演奏家ですね。その姿勢があるからこそ前に進んでいけるのでしょう。これからも牛田さんの新しい一面を発見するのが楽しみになりました。

質問に対してとても真摯に応えてくださる牛田さんの姿勢が音楽にも表れているように感じます。ありがとうございました♬

六重奏で聴くショパン・ピアノ協奏曲

日時:2024年10月22日 13:30
会場:東京オペラシティ コンサートホール

ピアノ:牛田智大
コントラバス:加藤雄太
カルテット・アマービレ(篠原 悠那、北田 千尋、中 恵菜、笹沼 樹)

◆プログラム
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 Op.11
ショパン:ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 Op.21