2023/07/20

大地脩介 卒業レポート

2023/07/20

大地脩介

大地 脩介 Shusuke Ochi

20世紀における有機化学の発展は製薬や材料科学などの進歩に大いに貢献しましたが、環境を考慮したレアメタルを用いた触媒反応からの脱却や人工知能を用いた化学反応の予測など課題も数多く残っています。大学在学中に培った安価な金属…

シカゴ大学大学院化学科の大地です。2023年5月にPh.D. Dissertation Defenseを無事終え、6月中には博士論文の投稿と卒業式も終えました。既に博士号取得に必要な全ての要件を満たしており、8月にシカゴ大学より博士号を授与される見込みです。

Ph.D. Defenseの様子。東大時代の同級生やラボの先輩もZoomで見てくれました。

研究について

シカゴ大学では有機合成化学の反応開発などを行うGuangbin Dong教授の研究室に所属し、ロジウム触媒による炭素-炭素結合の活性化反応の開発に従事しました。有機合成化学において、”炭素-炭素結合”という有機化合物の骨格を構成する結合の形成が非常に大切なトピックの1つです。よく用いられる手法として、積み木のように小さな分子からより大きな分子として育てていく方法であったり、分子の骨格状にある反応点を修飾していったりというものがあります。一方、Dong研究室では既に構築された分子骨格を一度破壊しつつ(炭素-炭素結合の活性化)、より複雑な骨格を作れるように別の炭素-炭素結合を形成するという方法を発展させてきました。この方法のメリットの1つは、簡単に作ることのできる分子を1ステップで非常に複雑な、もしくは形成することの難しい骨格へと変換出来る点にあります。

博士課程において私は、以下の3つの論文を発表しました。

•Xia, Y.; Ochi, S.; Dong, G. “Two-Carbon Ring Expansion of 1-Indanones via Insertion of Ethylene into Carbon-Carbon Bonds” J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 13038−13042.
反応性の低い5員環構造のケトン上炭素-炭素結合に対し、ロジウム/2-アミノピリジン触媒系でエチレン分子を2原子ユニットとして挿入、7員環構造へと変換する反応

Ochi, S.; Xia, Y.; Dong, G. “Asymmetric Synthesis of 1-Tetralones Bearing A Remote Quaternary Stereocenter through Rh-Catalyzed C−C Activation of Cyclopentanones” Bull. Chem. Soc. Jpn. 202093, 1213.
5員環構造のケトンをロジウム/2-アミノピリジン触媒系にて炭素-炭素/炭素-水素結合をそれぞれ活性化し6員環構造にする反応を2ステップで不斉選択的に行う反応

Ochi, S.; Zhang, Z; Xia, Y.; Dong, G. “Rhodium-Catalyzed (4+1) Cycloaddition between Benzocyclobutenones and Styrene-Type Alkenes” Angew. Chem., Int. Ed. 2022, 61, e202202703.
4員環構造のケトン上炭素-炭素結合に対し、アルキン二重結合を2原子でなく1原子ユニットとしてロジウム/2-アミノピリジン触媒下にて挿入する反応(日本化学会第102春季年会(2022)にて学生講演賞を受賞)

これらに加え、最終学年では歪んでいない炭素-炭素結合を1ステップで不斉選択的に変換する反応について従事し、論文に必要な実験データをほぼ全て集めることが出来ました。論文を執筆中であるため詳細は語れませんが、これまで例のなかった歪みのない炭素-炭素結合のエナンチオ選択的変換を初めて達成できました。博士課程を始める際の目標として、”他の研究者が取り組まないような難しい問題を解決すること”、また”自分の研究が研究室にて新たな研究テーマを生み出せること”でした。革新的な研究とまでは言えなかったものの、この最後の研究テーマはこれから研究室でエナンチオ選択的炭素-炭素結合活性化を更に発展させるための礎となったと思います。

大学院での生活

1年目はTAとして学部生の授業や実験を担当しながら、大学院生向けの講義を受講したり研究も進めたりとやることが多く、時には寝れない日もありました。一方で2年目からはTAや授業の履修は必須ではないのですが、多くのラボメンバーは2年目以降もTAを何度かやっており、特に博士論文の時期はSenior TAとして授業全般の管理をする立場となり研究や就活との両立が上手くいっていない印象でした。私は幸いにも江副記念リクルート財団の奨学生として採択して頂くことができたため、2年目以降は研究に専念することが出来ました。少し余裕のある時期には有機化学者があまり得意でない技術、例えばX線による分子の構造解析や理論計算など、を学ぶことができ、自身や研究室の生産性を向上させることが出来ました。

大学院生活を振り返った時、Ph.D.の5年間で苦しかったこととして、留学2年目の後半から始まったCOVID-19によるパンデミックや、同僚の多くが中国語や韓国語など英語以外の言語で話す研究室の環境などで地理的・文化的な孤立を時々感じたことが挙げられます。大学3年まで1ヶ月以上の渡航経験のなかった私には大きな壁でしたが、コミュニケーションの取り方を工夫したり、目の前のことに囚われすぎずより長い目で物事を考えるマインドを身につけたり、ジムに行ってリフレッシュする時間を取り入れたりすることで上手く乗り越えられました。

PhD Diploma and Hooding Ceremonyにて。指導教官であるGuangbinからフードを被せてもらいました。

卒業後の進路

今後の進路ですが、外資系戦略コンサルティングファームの日本オフィスに就職する予定です。有機化学のPh.D.からはアカデミアやインダストリーへの就職が主流ですが、私は留学の経験を通じて日本の教育の質を向上させ、日本企業のグローバルでのプレゼンスを高めたいという気持ちが強くなり、様々な業界のクライアントと仕事が出来るコンサルタントという仕事を選びました。社内には大学で教鞭を執られる方などもいらっしゃるため、将来的には私も何らかの形で大学・大学院教育に直接関わりたいと考えています。

後輩へのメッセージ

博士課程は長く、自由度の高い時間だと思います。それゆえに今自分がどこにいるか、またこれからどこに向かうべきなのかが分からなくなる方も少なくないのかもしれません。皆さんには常に好奇心を忘れず、自身が面白いと思えることを追求して頂きたいと思います。同時に、博士課程やポスドクの間に無理をして心や体の健康に問題を抱えてしまった人たちも見てきたので、健康第一に毎日楽しく過ごしてください!