2023/04/21

澤岡洋光 卒業レポート

2023/04/21

澤岡洋光

澤岡 洋光 Hiromitsu Sawaoka

「新たな物理法則を発見したい。」これは、私が物理を志したきっかけであり、私の人生の大きな目標である。この目標を実現するため、私は現在、ハーバード大学で量子光学の技術を用いた低エネルギーでの素粒子実験を最初期の段階から立ち…

私の研究は、「レーザー冷却」と呼ばれる手法を用いて「この世で最も冷たい分子」を作り、それを用いて「新たな物理法則」を発見しようとするものです。この研究はちょうど私が大学院に入学した時から始まり、文字通り空っぽの実験室に自分達でデザインした低温装置や光学機器を製作して実験を立ち上げました。

ラボメンバーとの集合写真

当初の目標は、YbOH(水酸化イッテルビウム)分子をレーザー冷却することでしたが、YbOHではレーザー冷却が難しいことがのちに判明し、レーザー冷却以外での方法でYbOHを減速させる必要に迫られました。私はこのプロジェクトを主導し、自作の超伝導電磁石装置を用いてYbOHの減速に成功しました。この成果は私が第一著者として論文にもまとめて出版しました。また、今後のアプローチとして、視点を変えて、レーザー冷却がより現実的なSrOH(水酸化ストロンチウム)をレーザー冷却するための新規実験の立ち上げを主導しています。

研究の具体的な成果としては、財団在籍中に上記の第一著者論文を含む4本の論文を出版しました。以下に詳細を記します。最初の二つの論文に関してはパンデミックによるロックダウンの最中に研究・執筆されたもので、実験室に行くことのできなかった期間も有効活用して成果を出すことができました。

• “Assessment and Mitigation of Aerosol Airborne SARS-CoV-2 Transmission in Laboratory and Office Environments”, B. L. Augenbraun, Z. D. Lasner, D. Mitra, S. Prabhu, S. Raval, H. Sawaoka, J. M. Doyle, Journal of Occupational and Environmental Hygiene Vol. 17, (2020)

パンデミックの最中に、コロナウイルスの実験室での飛沫感染について空気循環モデルを使って概算しました。このモデルは、のちの実験室再開のためのガイドラインとして、ハーバード大学のみならずアメリカ国内の他大学にも採用されました。物理学で得た自らのスキルを直接社会に還元する貴重な経験となりました。

• “Observation and laser spectroscopy of ytterbium monomethoxide, YbOCH3”, B. L. Augenbraun, Z. D. Lasner, A. Frenett, H. Sawaoka, A. T. Le, J. M. Doyle, T. C. Steimle. Phys. Rev. A 103, 022814 (2021)

超低温での素粒子実験にも使用可能なYbOCH3というこれまでにない複雑な分子がレーザー冷却可能であることを示しました。このデータの解析はロックダウンの最中に行いました。

• “Zeeman-Sisyphus Deceleration of Molecular Beams”, B. L. Augenbraun, A. Frenett, H. Sawaoka, C. Hallas, N. B. Vilas, A. Nasir, Z. D. Lasner, J. M Doyle. Phys. Rev. Lett. 127, 263002 (2021)

超伝導電磁石を用いたこれまでにない分子の減速方法をCaOH分子において実証しました。この装置の設計・製作を私が担当しました。

• “Zeeman-Sisyphus Deceleration for Heavy Molecules with Perturbed Excited-State Structure” H. Sawaoka, A. Frenett, A. Nasir, T. Ono, B. L. Augenbraun, T. C. Steimle, J. M. Doyle. Phys. Rev. A 107, 022810 (2023)

上記の超伝導電磁石を用いてYbOH分子の減速を行いました。レーザー冷却が難しい分子に対しての新たなアプローチを提唱しました。

超伝導電磁石の製作




財団の支援があったからこそ私は徐々に研究室内でのリーダーシップを執ることができるようになりました。ファンディングを気にせずに良かったため、TA等の制約から完全に逃れ研究に一意専心することができました。指導教官とも円滑にコミュニケーションをとることができ、実験手法の提案を率先して行うようになりました。また、他の財団生とのディスカッションも大いに刺激となりました。特に、同じ研究室に所属の小野佑さんとは実験の内容だけでなく物理全般についてよく議論しています。

今後の進路は、あと2年以内に大学院を卒業し、そのままアカデミアの道を突き進みたいと考えています。将来は自ら実験グループを率いて、前人未到の現象を解明したいと考えています。

研究内容以外において人として成長できたと感じるのは、他人をより頼ることができるようになったことです。大学院、とりわけ世界中から優秀な人物が集まるハーバード大学では、日々熾烈な環境に身を置くことになります。そのため悩みやストレスを発散する相手を多く確保しておくことは重要です。私はハーバード大学内に多くの友達を作ることができたほか、大学外でもアルティメットフリスビーや将棋や日本人研究者交流会といった活動に参加でき、たくさんのサポートを得ることができました。

ボストン日本人研究者交流会での講演

私は物理が大好きで物理の研究の道に進みました。そのため、研究が苦しい時でも常に物理を楽しむ気持ちを忘れないようにしています。皆さんも楽しむことを忘れずに今後も活躍されることを祈っています!