ーー先ほど作品を作ることで私は生きているといったことを塩田さんは仰いましたが、でも最終的にそのキュレーターの方の意見を取り入れるというか、コントロールというか、ある程度変えてもらったことで、最終的に人がたくさん来て、塩田さんの作品を共感して理解して対話というのが生まれて、っていうのがあったと思うんですけど、最終的に自分の表現を最優先にしていたら、そのベットの作品は展示されていただろうし、でもそれを展示することよりもキュレーターの方と一緒に展示を作ることを優先して、あの形が出来上がったっていうことだったと思います。精神的には、一番の自分の中でゴールというか、そういうものは達成されたと思いますか?
塩田: 「作ること」と「見せること」は違うんだなと思ったんですよね。私の場合は、自分が抗がん剤治療を受けているときは、作らないと自分自身がなくなっていくっていう気持ちがあって作っていたんだと思うんです。髪の毛が抜けるビデオとかでさえ。そうしないと自分がわからなくなってしまうところにいたんです。でも、見せることっていうのは、それを職業にしている美術館の人たちも関わっていくので、そこでまた考え方が違うんだなぁって思うんです。私は作品が作れたらそれでよくて、見せる機会があればドイツでもこの作品を見せていたんですよね。でも、そろそろ自分はもう乗り越えたから見せなくてもいいか、と思うこともあったりして…。私はもうただ作品を作れたらそれでいいんです。本当のところは。
秋元: アーティストにとってみると、アート作品って分かち難く自分の分身に結びついていくので、アート=私みたいな関係になることが多いと思うんだけど、でも作品が出来上がってきて、それを伝えていこうとする場面になっていくと、ある種の共感の場みたいなものを作ってかなければならなくて、それはアートが、また別のフェーズになっていく場面でもあるんだよ。だから展覧会って人と共有する場でもあるので、そこではアーティストが正直になればいいかっていうと、それだけでもないというか、アーティストがやってきたことをいい形でお客さんたちと共有していく。もう一つのアートの共感の場を作るみたいなところでもあるので、もしかすると、アーティストにとってみると終わってしまった問題だし、今更みたいなことかもしれないんだけど、でも他者と共有していく場面っていうのは、一方で必要なことだとも思うんだよね。たぶん塩田さんがその時に作った作品をいつか見せる場みたいなのが出てくるとは思うんだよね。意味があるかないかっていうことだよね。そのときに出せなかったけど、それが今度また生きる場所がやがて来るんだろうなぁとは思う。
塩田: 制作中はあまり人から何かを言われたくないことが多いんです。旧東ベルリンの窓を集めたときも、窓のことだけを考えて、朝起きて、どこで窓が集まるかなぁって、半年ぐらい窓のことを考えていて、もう窓にとりつかれているんですね。鍵を集めたときも、鍵を集めることだけを考えていて、そこだけでしか生きていなくて。そのときに、誰かに何かを言われると、もうその人を否定してしまうっていうか、もう私の世界に入らないでっていうのがあるんです。あんまり人に入られたくないし、私が持っているイメージがあって、その想像の世界だけで生きていると気持ちいいところもあるので。頭の中にある自分だけのイメージから抜けて、例えば糸とか、材料に触れて作品を形にしていくとき、そこでやっぱり人に見せたり、人と共有しながら作っていくことが多いんです。そのときに、ちょっと自分から他者になる、自分自身から離れる、「私」から「私たち」になるっていう感じがあります。
▼塩田千春氏 作品ご紹介
「運命の糸」 屋外インスタレーション、Ring 20.21ーバイロイト音楽祭2021、バイロイト祝祭劇場、バイロイト、ドイツ
ワーグナーのオペラ「神々の黄昏」をテーマにした新作インスタレーション「運命の糸」がバイロイト祝祭劇場の屋外広場で公開中。(2021年7月25日ー8月25日)
「ラスト・ホープ」インスタレーション、リセウ大劇場、バルセロナ、スペイン
シューベルト晩年の歌曲「冬の旅」にちなんだインスタレーション作品。音を出さず、視覚美術で音を表現した。
▼秋元 雄史氏 直近の活動のご紹介
北陸工芸の祭典 「GO FOR KOGEI 2021」
コア会期:2021年9月10日(金)~10月24日(日)
富山、石川、福井の北陸3県を舞台に繰り広げられる、工芸の祭典。「工芸の時代、新しい日常」を全体テーマにして、工芸を中心とした今日的なアートをサイトスペシフィックなアートとして紹介する特別展I「工芸的美しさの行方 工芸、現代アート、アール・ブリュット」と、ディレクターと工芸作家、生産者が協働でプロダクトを考えるプロジェクト型の特別展II「工芸×Design 13人のディレクターが描く工芸のある暮らしの姿」を開催
日本列島「現代アート」を旅する (小学館新書)
改訂版を10月頃に出版予定。杉本博司をはじめとしたアーティストによる日本に数ある現代アート作品を紹介。
秋元 雄史(練馬区立美術館館長)
1955年東京都生まれ。東京芸術大学美術学部絵画科卒業後、1991年よりベネッセアートサイト直島のアートプロジェクトに関わる。2004年より地中美術館館長、ベネッセアートサイト直島・アーティスティック ディレクターを兼務。2007年~2017年3月まで金沢21世紀美術館館長。「金沢アートプラットホーム2008」、「金沢・世界工芸トリエンナーレ」、「工芸未来派」、「井上有一展」等を開催。2013年4月~2017年3月まで秋田公立美術大学客員教授。2013年4月~2015年3月まで東京藝術大学客員教授。2015年4月〜2021年3月まで東京藝術大学大学美術館館長・教授。主な著書に、『アート思考 ビジネスと芸術で人々を幸福を高める方法』『直島誕生 過疎化する島で目撃した「現代アートの挑戦」全記録』ほか。
塩田 千春(現代美術家)
1972年大阪府生まれ。ベルリン在住。生と死という人間の根源的な問題に向き合い、「生きることとは何か」、「存在とは何か」を探求しつつ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法を用いた作品を制作。2007年、神奈川県民ホールギャラリーの個展「沈黙から」で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2015年、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館作家として選出される。主な個展に、森美術館(19年)、南オーストラリア美術館(18年)、高知県立美術館(13年)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(12年)、国立国際美術館(08年)など。
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