2023年9月3日、「アーティストのキャリアにおける海外留学の意義」をテーマとするトーク配信イベントが、江副記念リクルート財団現役奨学生の企画のもと実施されました。本イベントでは、当財団現役奨学生の3名を進行役に、ゲストに日本国内外で活躍するアーティストの栗林隆氏と水野渚氏をお招きし、対談を行いました。
海外活動・留学はアーティストのキャリアとアーティスト自身にどの様な影響をもたらすのでしょうか。日本国内のみならず、国外で学び活動することで生まれる、もしくは生み出される重要性や価値とは、表現を営みとする作家にとってどのような意味があるのでしょうか。様々な土地/場所を拠点に活動してきたアーティストを迎え、彼らの道のりを辿ってゆくことで見えてくる自己の変化や認識の移り変わりを探索しました。
奥村 初めに留学経験が現在の自分にどのような影響を与えているかを聞きたいと思います。まずはフィンランドに留学されている水野渚さんにお聞きします。日本とフィンランドで制作している時の自分を比べてみて、制作内容の変化など、何か変化はありましたか?
水野渚氏(以下、水野)今私が留学している大学が結構アカデミックなリサーチベースの大学ということもあって、皆でトピックを選んで、それについて議論してエッセイにまとめたりする機会が日本の大学と比べると頻繁にあります。私がプラクティスベースの日本の大学でやってきた活動が、今こちらで言語化されて整理されることで、自分の活動を色んな視点から位置づけることができて、すごく良かったなと思っています。
奥村 日本でやっていた自分の活動を言語化することで、よりクリアにすることができたということですか?
水野 そうですね。自分のやっている活動を言語という言葉でまとめたり、自分の活動にちょっと違うエレメントを付け加えることができるという意味では、物凄く視野が広がったかなと思います。
奥村 日本とフィンランドを比べた時、気候や景色や周囲にいる人間の様子なども全く違うと思うのですが、その違いが作品に影響を与えたりしましたか?
水野 気候が違うので生えている植物が全然違います。植物の色が違うから、違うお茶を作れたりするんですけども、手法自体は日本でやってきたことをベースにしているので、こちらに来ても引き続き自分のやっていることを発展させることができています。
奥村 ありがとうございます。続いて栗林さんにお伺いしたいのですが、留学という意味で日本から出られたのはかなり前のことだと思うのですが、その当時を振り返ってこういうことに意味あったとかありますか?
栗林隆氏(以下、栗林)俺らの時代は今の時代と違ってインターネットがない時代だったから、情報が全くなくて、留学をするよりもまず海外に行ったんだよね。俺は、こういう風に留学しようとかはなくて、とりあえずアーティストになることは決めてドイツへ行った。行ってみたら、リヒターやクネリスがいたんだよね。彼らに指導してもらえると思ったら、帰れって言われて。トニー・クラッグには、「お前がやっていることは全て俺がやってきた。もうアーティスト業界にお前はいらないから心配しないで帰れ」って言われたな。俺は何もないけど、アーティストになるって決めて来ているわけだから、別に帰れって言われても帰らないわけよ。希望を持って外国に来てるのに、作品見て、才能ないから帰った方がいいよって言えるのをすごいなと思った。ある意味の優しさっていうか。だって、俺も才能がないのは知ってるから問題ないわけよ。何か逆にこう感動しちゃって!海外ではこういう、日本ではあり得ないような経験はするよね。あと、日本にいる時は情報が多すぎて、一体自分は何に興味があるんだとか、その表現方法を以って自分は何がしたいんだろうとかを考える時間がなかったんだけど、海外にいる時はみんなが何を言ってるのかわかんないし、テレビも雑誌も読むわけじゃないから自分に集中できる。特に当時はネットもない時代だから、孤独なわけよ。でも、その孤独な時間っていうのがすごく大事で、それによって自分と対話ができる。そういった部分では外国がいい日本が悪いとか、そういう二元論ではなくて、俺の場合はとにかくネットがない時代の孤独な時間が俺のベースを作ったのかな。
奥村 自分と向き合う時間、孤独な時間がかなり重要だったということですか?
栗林 そうだね。ちなみに、孤独と孤立を勘違いしちゃだめ。孤立はしちゃだめだ。でも、孤独はすごく大事。その時に自分が楽しいことして、エネルギーを蓄えなきゃいけない。例えば俺は、一人が大好きだから一人になりたいんだけど、現場に行くとほぼ現場監督みたいなことをして人と関わらないといけない。インドネシアの家にあずきっていう猫がいるんだけど、あずきとゴロゴロしたくて、この前帰った時に2週間ぐらいあずきとゴロゴロしちゃって。そうするとエネルギーがフルになって返ってくる。孤立は良くないし、仲間たちはきっとどっかにいるけども、いつも誰かといるっていうのはそんなに大事じゃなくて、その孤独という時間をいかに自分で充実させるかが大切。日本はちょっと孤立しがちになっちゃうから、そこら辺は海外の魅力の一つでもあるかな。
奥村 孤独な時間とか、自分の興味あることに集中する時間みたいなことでいうと、大竹さんはどう思われます?結構長くアメリカで過ごされていると思うのですけれども。
大竹 栗林さんのお話聞いて腑に落ちました。私も一人でいることが日本にいる時から結構好きだったんですけど、日本の学校って絶対に変わらないメンツと1年間同じ教室で勉強していくじゃないですか。でもアメリカの高校ってそういうシステムがなくて、授業ごとにクラスメイトが変わったりとか。だから一人でいたり、一人で何か黙々とやっていてもあの子ひとりぼっちだって思われて孤立状態になることがありませんでした。私は芸術を作っている時に自分の目標だったりゴールがあるんですけど、そこに向かっていく為に社会から孤立しないで孤独に自分と向き合いながら突き突き進んでいけるみたいな環境がアメリカにはあると思います。私は学部卒業後の進学先にヨーロッパを考えていたんですけど、結局アメリカに残ったのはあの一人でいても孤立しないから、自分で黙々とやっていてもなんだかんだ社会と繋がっていられるからだったんでしょうね。栗林さんのお話を聞くまではあまり自分の中ではクリアに認識していなかったんですけど、お話を聞いて何かが腑に落ちたのはそういうことだったんだなと思って、すごく勉強になりました。ありがとうございます。