2021年5月18日、久し振りに辻さんの演奏を聴く機会に恵まれました。コロナ禍でコンサートが延期やキャンセルになったり、縮小されたりしている中、どんな表情を見せてくれるのだろうと思っていると、そんな思いを一掃させてくれる堂々とした、エネルギーに満ちた演奏を披露してくれました。また、初めて挑戦する曲を披露したり、ご自分が委嘱したソリスト・アンコール曲を披露したり、前に向かう力強い姿を見せてくれました。
そのようなエネルギーがどこからくるのかを探りたくて投げかけた質問に対する辻さんの回答を読むと、辻さんの内面が垣間見え、辻さん自身、そして辻さんの演奏が更に深く理解できる気がします。読んでいてワクワクするような興味深い回答を頂きました。
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Q1. 東京都交響楽団 第927回定期演奏会Cシリーズで演奏されたサン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調は、初披露の曲とのこと。この曲の魅力はどこにあると思われますか。
A1. フランス音楽特有の軽やかさや明るさ、素直さ、そしてはつらつとした歯切れの良さが魅力だと思います。
Q2. ソリスト・アンコールで演奏された、権代敦彦氏による「Post Festum-ソロ・ヴァイオリンのための」という曲ですが、協奏曲を演奏した後のソリスト・アンコールの新しい選択肢がほしい、という辻さんからのリクエストだったそうですね。協奏曲を演奏した後に演奏するには、なかなかの大曲のように思いますが、これまでに何度か弾かれていかがですか?
A2. 自分にとって、作曲家の方に委嘱して作曲していただくこと自体が初めての経験でした。今年3月に楽譜も出版されましたが、そこに自分の名前も書いてあり、すごく光栄なことです。
権代敦彦氏はとても緻密にこの作品を作曲してくださり、Ⅰ〜Ⅲまであるのでどのコンチェルトの後にどれを選べばいいかや、それぞれどんなイメージかを教えてくださいました。作曲家の方と直接お話しして意見を交換しながら曲を作り上げていくという作業がとても楽しく、コンチェルトの後だけでなくリサイタルでも取り上げています。
3曲ともが違うキャラクターなので、毎回どれを弾こうか楽しみにしていますし、お客様の「何これ!?」という反応も楽しんだりしています(笑)。 聴いた方のほとんどが「すごく楽しめた!」とおっしゃってくださり、こうして作品を広められてとても嬉しいですし、これからも大事にしていきたいです。
Q3. 今年に入ってから、リサイタルでも初めて取り組む曲にいくつか挑戦されたそうですね。今回のサン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調も初挑戦の曲とのこと。このコロナ禍でも前向きに果敢に攻めているように感じますが、その原動力は何でしょうか?
A3. コンチェルトのレパートリーを増やすことは一昨年から意識して活動しています。最近はリサイタルのレパートリーも意識的に増やすようにしています。
レパートリーを増やす、ということは初めての曲を一から勉強するので、時間もかかりますしとても大変ですが、その作品と向き合い時間をかけて勉強し、本番で自分の納得いく演奏ができた時は達成感や充実感を得ることができます。若い時だからこそできるスピード感もあると思います。
実際、昨年コロナ禍で全ての演奏会が中止になり時間ができた時、今までやれていなかったコンチェルトの譜読みをしていましたし、コロナ禍で代役としてお声かけいただいた演奏会で初めて取り組むコンチェルトもたくさんありました。
大変な時こそ頑張れるので、こうして演奏させていただけるチャンスがあることに感謝しています。
Q4. 以前「うまくいかなかった時にそれを認めて自分自身受け入れることの心の強さの必要性を学んだ」と書かれていました。「うまくいかなかった時にどう次に繋げるかが重要」「これからもっといろんな経験をして精神的にも強くなっていきたい」とも書かれていました。舞台上の辻さんを見ると芯の強さが伺えますが、色々な事を経験されてご自分に変化があったと感じますか。
A4. 2.3年ほど前、悩んだ時期がありました。ハッキリとした理由や原因があったわけではなく、漠然とした将来への不安や、自分はこれからも音楽家としての活動を続けていけるのだろうか、という自信のなさからくる心の弱さでした。ほとんど人には相談しませんでしたが、自分でいろんなことを考えて調べて、「うまくいかなかったことを認める」「人のすごいところを認める」ことを心がけました。
本番でうまくいかなかった時もありますが、それを認めて受け入れることはとても難しいことです。今でも完全にできている自信はありませんが、「認める」ことを学んでから、少し心が軽くなった気がします。今でも悩んだり自信をなくしたりするときもありますが、たくさんの人の優しさに助けられています。
Q5. 昨年からコロナ禍で予想もしない状況が続いていますが、その間演奏会が軒並み中止や延期になったり、オンラインになったり、大きな変化が起こりました。ニューノーマルという言葉も往々に耳にします。この変化をどのように感じていますか。
A5. 昨年、無観客でのオンライン配信を初めて経験して、改めてお客様がご来場くださって、会場で聴いてくださることへのありがたさを実感しています。
私は本当に運がよくて、こうして代役の機会をいただいたり、新しいレパートリーを勉強するチャンスをいただいたり、その機会を通して初めての演奏家の方とご一緒できたり、お客様に知っていただいたり。目の前のことに向かって活動することができています。本当にありがたいなと思っていますし、ますます頑張らなくてはと思います!
Q6. 辻さんがヴァイオリンを演奏する時、一番大事にしていることはどんなことですか。
A6. 自分の音や自分のスタイルを少しずつ見つけてきた今、もちろんそれを確立していくことは大事だと思いますが、あくまでも作品のスタイルがあった上で、だと思っています。
全て自分風にするのではなく、その作品の良さを届ける立場として考えているので、聴いた方が「いい曲だな…」と感じていただけることが一番嬉しいです。
Q7. 5年、10年、30年後、どんな自分になっていたいと思われますか。
A7. 5年後何をしているか、正直わかりません(笑)。 もちろんヴァイオリンを弾いていたいですが、それ以前に、自分を大切にしていたいなと思います。
自分に素直に生きて、いろんなことに挑戦していたいです。
Q8. ヴァイオリン以外で何をされている時が楽しいですか。
A8. 最近はウォーキングですかね。
あとは料理をしている時間が好きです。最近は毎日違う種類のドレッシングを自分で作って、毎日サラダを食べています(笑)。
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辻さんの回答を読んでいると、まさに「ピンチをチャンスに」変えていると感じます。こんな時だからこそレパートリーを増やすという大変な作業を重ねている。「大変な時こそがんばれる」とは根っからの前向き志向ですね。そして「自分に素直に生きて、いろんなことに挑戦していたい」と。そうすることで、自らチャンスを呼び込んでいるのかもしれません。
そして、「うまくいかなかったことを認める」「人のすごいところを認める」ことを心がけているとのこと。これはなかなか難しいことだと思いますが、どんなことにも共通する、進歩するためには一番大事なことかもしれません。
自分に素直に、いろんなことに挑戦を続ける辻さん。その先にはどんな演奏があるのか、追いかけていくのが楽しみです。
東京都交響楽団 第927回定期演奏会Cシリーズ
日時:2021年05月18日
14:00
会場:東京芸術劇場
◆プログラム
サティ:バレエ音楽《パラード》
サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調
ソリスト・アンコール:権代敦彦:Post Festum-ソロ・ヴァイオリンのための-より「Ⅱ」
サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調Op.78《オルガン付》
指揮:井上道義
東京都交響楽団