――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?
私の夢は、日本と世界をつなぐような国際的に活動するピアニストになり、多くの人々と音楽の素晴らしさを分かち合いながら、世界の平和に少しでも貢献し、心豊かに生きることです。この夢を目指して、東京藝術大学を卒業した直後から現在まで、ベルリン芸術大学で勉強しています。
クラシック音楽における偉大な作曲家を生み、その発展を見守ってきた本場ドイツには10代の頃から憧れを抱いていました。その中でもベルリンは、ベルリン・フィルやシュターツカペレ・ベルリンの本拠地としてクラシック音楽の最先端を走りながら、同時にバッハやベートーヴェンから、若者に人気のクラブミュージックまで、新旧さまざまな文化や人種が交り合う刺激的な都市です。実際に暮らしてみますと、国籍、見た目、パーソナリティまで、その人自身をありのままに受け入れてくれる、とても懐の深い都です。
現在師事しているクラウス・ヘルヴィッヒ先生には、先生が指導される国際アカデミーへの参加を通して出会いました。膨大な知識とご経験に基づいた説得力あるご指導、真正面から音楽と向き合われる芸術家としての清廉な姿勢、そして温かなお人柄を大変尊敬し、門下生としてベルリン芸術大学ソリストマスターに入学することとなりました。
――日常生活、生活環境について
現在は日本とベルリンを行き来しながら、勉強と演奏活動を両立させています。ベルリン芸大は大きな一つのキャンパスではなく、複数の建物に分かれて中心部に点在しています。
ヘルヴィッヒ先生のレッスン室は十分なスペースがあるので音響も良く、スタインウェイのフルコンサートグランドが3台入っています。
ベルリンはヨーロッパ内でもハブとなる都市ですので、ここで学んでいると各地を訪れる機会に恵まれます。コロナ禍でキャンセルになってしまいましたが、昨年はイタリア各地、南ドイツ、スペイン領の島からもリサイタルのお話を頂いていました。今年の8月には、ポーランドのドゥシニキ国際ショパン音楽祭に招いていただきました。日本ではちょうどコロナがひどい時期でしたが、ヨーロッパ内は移動が比較的自由になり、出演が実現しました。音楽祭ではショパンゆかりのホールで2時間のリサイタルをさせていただき、温かいスタンディングオベーションをいただきました。主催のパレチニ先生も大変喜んで下さり、来年も是非呼びたいと仰っていただきました。
更に今年の4月から5月にかけて、イスラエルで開催された、アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールに参加し、第2位となることが出来ました。コロナ禍で様々なコンクールが中止になったり、オンラインのみになったりするなか、イスラエルはワクチン先進国だったおかげで、久しぶりに有観客の国際コンクールを実現させました。特にグランドファイナルは2000人のホールで開催され、大聴衆の前で演奏できたことは素晴らしい体験でした。ただ、コンクールが終わった直後からパレスチナ問題が悪化したため、受賞者コンサートで各地を回りながらも、夜サイレンが鳴ると防空壕に避難するという想像を絶する体験もいたしました。
ヨーロッパの都市に留学して勉強することにより、このような多様な経験を積めることは、若い私にとって大きなメリットと感じています。
――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること
ベルリンでは基本的に自宅で練習しています。日々の練習時には、自分自身で演奏をチェックするため、録画を撮って分析するようにしています。録音だけでなく録画で自分の演奏している姿を客観的にチェックすることで、意図していない無駄な動きや違和感のある動作など、うまくいかない原因を視覚から見つけられることが多くあるからです。
練習の合間に気分転換したい時などは、散歩が大好きなドイツ人に倣って市内のあちらこちらへ散歩に出かけます。近代的な中心街、静かな湖畔、厳かなモニュメント、美術館、多種多様な公園など飽きることがありません。
そしてなんと言ってもベルリンのコンサートの充実度は、語り尽くせないほどです。留学して初めてベルリン・フィルのコンサートに行った時には、その研ぎ澄まされた最高の音色と、音楽を奏でることに対する計り知れない程の熱量、情熱に圧倒されました。この日のプログラムのラストは展覧会の絵でした。何度も耳にしてきた作品ですが、技術の高さや完成度はもちろんのこと、音楽の桁違いのスケール感、そして、オーケストラ全体の輝きに包まれて、聴衆の魂もどんどん高揚してゆく様を、ひしひしと感じました。音楽とはこうあるものなのだ、たとえピアニストは1人であっても、こういう世界を私もホールに創り出せるようになりたい、と強烈に思いました。
またオペラハウスは市内に3つもあり、珍しい演目もラインナップによく上がります。ワーグナーのニーベルングの指環4部作の4夜連続上演も観劇しましたが、このような経験は日本ではまず出来ず、ヨーロッパでも限られた場所でしか味わえない特別なものです。
留学以来、コンサートやオペラに行った時はその日のうちに感想を書き残すように心がけています。後日それらを読み返すと、言葉が生き生きとしており、自分が書いたとは思えないような新鮮な表現が見つけられます。このことからも、やはり自分の日常からは到底生まれ得ない感性を、演奏会から受け取っていることがはっきりわかりますし、ひいては自分が演奏する際のインスピレーションにも繋がっていると実感しています。
――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負
ドイツにてかけがえのない勉強させていただき、二度とない20代の人生の舵をためらわずに切って挑戦し続けることができるのは、ひとえに江副記念リクルート財団様の温かい大きなご支援のおかげです。心の底から感謝の念に堪えません。来年はこれまで学んできた歳月の、ひとつの集大成となる試験やリサイタルを控えています。試験に向けて、ドイツ音楽の新しいレパートリーに集中的に取り組みながら理解を深め、本場で磨いた演奏を発信する年にしたいと思っております。またコロナ禍で昨年叶わなかった分、ヨーロッパ各地で積極的に経験を積み重ね、ひとつひとつのステージを大切にして、世界中の皆様に演奏をお届けする場を増やしていきたいと考えています。
私は自分が作品に対して感動した、その想いを音に込めて演奏することを大切にしてまいりました。演奏しているときも、一番感激しているのはこの私であり、そうでなければお客様にも伝わらないし、伝えられないと考えているからです。これからも変わらずにこの気持ちを原点として、更に研鑽を積み、作品の魅力を存分に表現できる演奏家を目指してまいります。