――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?
夢は、物理の研究を通じて日々の生活に役立つものをつくることです。現在所属しているカリフォルニア工科大学(通称カルテック)の電気工学部は、基礎研究とその応用を通じて、日常生活を変えるような技術開発を数多く手がけてきました。
そうした例の一つとして、カルテックの電気工学部が入るMoore Laboratoryというビルの名前の由来になったGordon Mooreがあげられます。半導体の「ムーアの法則」でも有名な彼は、カルテックを卒業後、インテルを起業し、まさに人々の生活を激変させる技術開発を行いました。このような人材を輩出するカルテックは、自分の夢を実現するために、またとない場所です。
自分はこのMooreに迫る研究がしたく、カルテックのマランディ研究室(Marandi Lab)に来ました。Mooreが開発したICの元になるトランジスターは「電気による非線形デバイス」(電圧と電流が比例関係にないこと)と呼ばれています。Marandi Labは、電気を光に置き換えた「光による非線形デバイス」の研究・開発をしています。非線形光学は昔から研究はされていましたが、シリコン・トランジスターのような小型化ができないことがネックとなり、実用に至っていませんでした。しかしここ数年で「光学においてのシリコン」とも呼ばれるThin Film Lithium Niobateの開発が進み、超小型の「光学トランジスター」の実現性が高まってきています。
Marandi Labでは、この新しい技術を駆使し、量子コンピュータやニューラルネットといった計算機、人の息に含まれる分子や自動運転車用のLIDARシステムなどの検知器への応用の道を探っています。これらの研究の成果は、光学トランジスターを組み込んだスマホや自動運転車など、皆の生活を変えるものにつながります。
日々の生活、生活環境は?
カルテックの電気工学部では、殆どの米国の大学院同様、学部から修士を経ずに直接博士課程に進み、最初の2、3年間は講義を受けながらラボでの研究にも励みます。この間、1年目の途中にQual(入学後に行われる博士課程資格認定の試験)、2年目の終わりくらいにCandidacy Exam(一応修士課程相当のことは終わったという印)があり、博士課程の最後(5、6年を目安)にはThesis Defenseが待ち構えています。
自分は現在、博士課程の2年目にいます。1年目から講義の単位取得をだいぶ進めましたので、研究に費やせる時間が増えてきています。コロナウイルスの関係で一時閉鎖となっていたラボには、6月ごろから毎日のように通うようになりました。
ラボは三密を避けるために、同時に2人以上が同じ研究室に入ってはいけないというルールになっており、ローテーション制で日々の実験時間を確保しています。夏の間に、1W・100fsという、瞬時に紙が燃える強さのレーザー光線を、自分たちのラボで開発したThin Film Lithium Niobateの光学チップに送り込める装置を作りあげ、現在は、その装置を用いて様々な実験を進めています。
コロナウイルス流行前は、息抜きに他の大学院生と共にサッカーやバレーボールのリーグに参加していましたが、最近はやむを得ずチームスポーツから個人スポーツに活動領域を切り替えました。大学のあるパサデナの町には、北側は2000メートル級の山、西側は600メートル程度の急な丘が、自転車で30分ぐらいの距離のところに連なっていますので、最近では、これらの山や丘でトレイル・ランニングやロードバイクを楽しんでいます。
南カリフォルニアは1年中ほとんど雨が降りませんので、山火事のシーズン以外はアウトドアスポーツに最適な日々が続きます。おかげで、予定を立てるときに、雨が降ったらどうしようなどとまったく考えなくなりました。
夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていることを教えてください!
日々大切にしていることは、自分の実験データに自信を持つことです。従来の非線形光学では調べることが出来なかった領域に踏み込みつつあるため、実際にラボで見ている現象は、従来の理論では、正しいのかどうかの判定がにわかには付きません。従来の理論やシミュレーションとは相いれない実験結果が得られることも多くあります。その違いを「測定誤差」として片付けずに、どうして結果が異なるのか突き詰めていくうちに、新しい方向性が見えてきました。ただ、時には純粋な測定誤差ということもありますので、実験過程に誤りのないよう、日々、細心の注意が必要です。
最後に、これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負をどうぞ!
Marandi Labはまだ創立3年目ということもあり、今までは最新の実験をするための土台となる装置作りがメインでした。こうして作られた実験装置を用いて実験結果を揃え、今年中には学会報告や論文提出を行うことが第一の目標です。こうした目標に向けて、自分はラボ内で幾つかのチームに属して共同研究を行い、複数の共著論文の執筆を進めています。ただ、研究者として独り立ちするためには、単著論文につながるようなプロジェクトもはじめ、ラボ内でより自分の個性を発揮していかなければと思っています。