当初の目標とその進捗
私の最終目標は、血液細胞動態の相互作用と、その細胞動態によって生じる病態生理(疾患・機能不全など)を理解し、血液細胞動態を制御することにより疾患を治療することです。私の専門は医学と情報科学で、これまでの研究はコンピューターサイエンス面からアプローチした、解析に重点をおいた手法を用いた研究でした。ケンブリッジ大学での経験を通じて、免疫学の基礎的な問題に取り組み、実験と理論の両面からの研究手法を身につけ、それをもとに将来も多面的に細胞動態の研究に取り組めるようになることを目指しておりました。
江副記念リクルート財団からのご支援により、私は好奇心の赴くまま、自由に研究テーマを追求させていただける機会を得て、さらに上記の目標も達成することができました。深く感謝申し上げます。
1年間を通して、以下の基本的な実験技術を習得し、研究に応用することができました:
– 次世代シーケンシング(サンプル回収、ライブラリー調製、解析)
– マウス実験手法(静脈採血・注射、皮下注射、腹腔内投与、腫瘍内注射、放射線照射、骨髄移植など)
– 細胞培養・細胞処理
これらの技術を駆使して、私はがん免疫分野における重要な question に取り組み、その questionの解決に貢献することができました。
がんに対する免疫応答は、腫瘍部位では局所的に機能不全に陥りますが、他の部位や組織では免疫応答による防御が維持され、転移の発生を継続的に阻止します。このように免疫応答(ここではCD8+T細胞に注目)が、組織部位が異なるとなぜ違うのか、そのメカニズムは知られておりません。免疫応答が組織ごとに異なる原因を理解できれば、がんに対する免疫応答の制御や、感染症や自己免疫疾患に対する免疫応答の制御に関する重要な知見を得ることができ、免疫応答を組織ごとに制御することが可能になります。
今回の研究では、免疫細胞の動態を追跡することができる遺伝子組換えマウスを新たに樹立しました。またこれを用いて、免疫細胞が腫瘍内に捕捉されるシグナルを同定しました。これらのシグナルはゲートキーパーとして働き、組織で局所的に起こる免疫反応と全身的な免疫応答を分離します。これらのシグナルを調節することで、異なる組織間の免疫応答を空間的に制御する可能性が示唆されます。これらの発見をまとめた論文が先週 Science Immunology 誌 (IF: 30.63) に(仮)受理され、公開された際にはご報告させていただくことを楽しみにしております。
今後の進路と目標
ケンブリッジ大学で得た経験を活かし、この分野で研究を続けていきたいと思っております。ケンブリッジ大学では、上記のT細胞の研究以外に、造血幹細胞の研究にも取り組んでおりました。高齢者の老化した免疫機能を再生するために、造血幹細胞をどうしたら若返らせることができるか、というテーマの研究プロジェクトも行っており、いくつかの有望な予備的知見を得ているため、まずはこの研究に専念したいと考えております。
後輩たちへのメッセージ
今回の活動を通して、研究を続けるためには、純粋に興味があり、楽しいと思えることを追求することがとても重要だと改めて学びました。それと同時に、自分が興味を持つだけではなく、社会にとって非常に重要で、その結果、他の人も興味を持ってくれるような問題に取り組むことも重要だと思いました。基礎研究は、最初は非常に狭い範囲の人しか興味を示してくれないため、上記のバランスを維持することが非常に難しく、常に客観的に自分の研究の広い意味合いを考える必要性を感じました。
改めて、財団からご支援をいただき、どうもありがとうございます。
成果 (2023年4月 – 2024年4月の期間の研究活動のものを記載します。)
学会発表:
– British Society for Immunology Congress (口頭発表)
– EMBO Workshop: Computational models of life (ポスター賞)
– The 2nd ImmunoSensation-iFrec International School on Advanced Immunology (口頭発表)
– Japan Association of Cancer Immunology (口頭発表)
– American Association of Cancer Research (ポスター発表)
論文掲載:
– Takahashi, M., So, T., Chamberlain-Evans, V., Hughes, R., Yam-Puc, Juan. C., … & Thaventhiran, J. E. (2024). Intratumoral antigen-signalling traps CD8+ T cells to confine exhaustion to the tumour site. Accepted Science Immunology.
– Takahashi, M., Tsunoda, M., Aoki, H., Ogiwara, H., Shichino, S., Matsushima, K., & Ueha, S. (2023). CD8+ T cell clones maintain a pool of memory-like Ly108+ cells in the tumor during their contraction phase. Cancer Research, 83(7_Supplement), 607-607.
– Tsunoda, M., Aoki, H., Takahashi, M., Shimizu, H., Ogiwara, H., Shichino, S., … & Ueha, S. (2023). T cell receptor repertoire analysis revealed tissue tropism of tumor-reactive T-cell clones in cell cycle reporter mice. Cancer Research, 83(7_Supplement), 5180-5180.
– Kawahigashi, T., Iwanami, S., Takahashi, M., Bhadury, J., Iwami, S., & Yamazaki, S. (2024). Age-related changes in the hematopoietic stem cell pool revealed via quantifying the balance of symmetric and asymmetric divisions. PloS one, 19(1), e0292575.