――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?
物心ついたころから生き物に強く惹かれていたことを覚えています。自宅でペットを飼うことができなかったものの、毎週のように動物園に行きオカピやハシビロコウをスケッチし、磯や森に行って生き物採集をしていました。中高時代に生物部に所属し、学問としての生物学に触れていく中で、今まで関わってきた動物の生命性をコントロールしているミクロな世界に興味を持つようになっていきました。
と、同時に興味を持っていたのは言語でした。幼少期に数年間イタリアで過ごし、英語やイタリア語に触れる中で、言語によって考えが制約されていると感じる経験が多くありました。授業で意見を発しようとしても、限られた英語力での思考をアウトプットした結果、日本語で話せる意見に比べて極めて稚拙なものになってしまうといった具合です。次第に言語を習得していき、英語で考えているときの脳の思考力が日本語のそれに近づいていく感覚から言語と思考のつながりに興味を持つようになりました。
この二つの興味が出会ったのは学部時代でした。大学の4年間はボストンにあるMITで過ごしたのですが、そこで心理言語学という分野を知りました。この分野は生物学の手法を用いて人の脳内での言語や思考の表象を研究する学問で、私の二つの興味のまさに交差路に位置するものでした。認知という定性的に見える概念を定量化していく過程に惹かれて、学部時代は「コンピュータ言語と自然言語でどのように脳内での表象が違うか」や「非言語の形で届く情報は脳内でどのように言語と区別されているか」などをテーマに研究していきました。
学部時代の経験を通して、生物学的手法で脳の理解を目指すニューロサイエンス(神経科学)という学問への興味が確立していきました。これからも神経科学の研究を通して哲学的な問いに定量的な解を見つけていきたいと思います。
――日常生活、生活環境について
私は現在アメリカのメリーランド州にあるJohns Hopkins大学の神経科学博士課程に在籍しています。神経科学のJames Knierim教授とロボット工学のNoah Cowan教授の指導の下、ラットを用いて記憶形成のメカニズムの研究を行っています。ラットをVR空間に置きそこで非現実の経験をさせることで海馬などの記憶に携わる脳部位の働きがどのように変化するかを見ています。
大学院での生活は研究活動がメインで、必要な授業は最初の2年間で取り終わっています。なのでラボミーティングや教授との1 on 1ミーティング以外は基本的にラボでの研究を行っています。具体的な活動としてはラットの訓練やデータ採取など生き物を直接扱うもの、VRのソフトウェア開発やデータ解析といったコーディング、実験装置や手術装置の開発といった工学的なものまで多種多様で、プロジェクトの進行度合いに応じて作業内容は変わっていきます。
ラボの外では様々な課外活動に取り組んでいます。海外大学院留学を応援している非営利型一般社団法人XPLANEでは理事を務めており、エッセイライティングのサポートやPodcast配信などのプロジェクトに携わっています。またMITの学部入試の面接官やJohns Hopkinsの神経科学博士課程の入学審査官もしています。体を動かすのも好きで、毎週ランニングやテニス、スカッシュをしています。夏の間は神経科学科のソフトボールチームに所属していて、今年から監督に就任しました。今年の夏のリーグでは数年ぶりの勝利を収めることができたのもいい思い出になりました。
――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること
生物学の研究プロジェクトは完遂するまでに5、6年間かかることがざらにあります。そのため、論文執筆という長期的目標の他に、短期の目標を細かく設定していくことが大切だと感じます。複数のプロジェクトを同時に進めている際、いかに効率よくスケジュールを管理するかに注意を払っています。
また神経科学の研究ではシグナル解析や多様体解析など様々な解析手法が用いられています。技術の進歩により一日の実験で数百ギガから数テラバイトのデータが得られるため、このビッグデータを解釈可能な形に落とし込むにはこれらの様々な解析手法に精通している必要があります。そこで、自分の研究と並行して、ワークショップに参加するなどして最新の解析手法のインプットにも努めています。
――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負
もう少しでメインプロジェクト用の装置の組み立てが完了し終えそうです。これからの一年は新たに組み立てたVR装置を用いてラットからデータをとっていきたいと思っています。また、次第に卒業が近づいていく中でこれらのデータや今まで行っていた実験をいかに博士論文としてまとめていくか考えていく予定です。