著者:妹尾武治(九州大学大学院 デザイン人間科学部門 知覚心理学講座 准教授)
心理学者をしていると年に何度か「血液型診断」についてよく質問される。血液型診断とは、血液型のタイプであるA, B, AB, Oの4パターンごとに典型的な性格特性があるという言説のことである。はじめに結論を言ってしまえば、血液型診断を支持するような科学的なデータは一切無く、血液型診断は全くもって根拠の無いエセ科学である。
日本における、血液型診断のルーツは1927年古川竹二によって発表された論文に端を発する。古川は心理学研究という「心理学の学術誌」に『血液型による気質の研究』というタイトルの論文を発表した。しかしながら、この論文はその後「科学的な根拠が無い」として1933年に、日本法医学会によって正式な否定宣言が出されている。
戦後に巻き起こった血液型診断のブームの火付け役となったのは、能見正比古が1971年に著した「血液型でわかる相性」という本である。しかし、能見正比古の主張も、ベースとした古川の主張とほとんど同じレベルのものであり、統計に基づいた数学的に正しい分析ではなく、思い込みを記載しただけの「エセ科学」としか言えないものであった。
松井豊によって行われた、1980年代の 4 回の調査で、合計 12,418名分の血液型と性格特性に関する調査データが取得された。このデータを総合して、1991年に松井本人が『血液型による性格の相違に関する統計的検討』というタイトルの論文を発表した。その結果、血液型と特定の性格特性の間の因果関係や相関関係は一切見つからなかった。これほどまでに大規模な調査が1980年代には既に行われており、血液型診断が科学的に否定されているのである。
世界でも繰り返し否定的なデータが報告されている。特に2000年以降は、全世界的に血液型が性格となんらかの関係があるという仮説が繰り返し、様々な国で否定され続けている。具体的には、カナダ(Cramer & Imaike, 2002)、台湾(Wu, Lindsted & Lee, 2005)、オーストラリア(Rogers & Glendon, 2003)での大規模調査において、血液型と性格の相関関係は否定されている。
縄田健吾は、2000年以降に集められた血液型と性格に関するデータを日本とアメリカから1万件を越えるデータを集めた。解析の結果、性格特性の質問への回答得点が血液型のタイプによって、大きく異なる傾向になることは全くなかった。縄田はさらに、仮に血液型で無理矢理にでも、得られた性格の得点を説明した場合に、その得点の振る舞いを何%ほど説明する事が可能であるか?という疑問に対して、統計の手法から回答を試みた。その結果、血液型で得られたデータが、性格を説明出来る割合は、わずか0.3 %にしか満たなかった。つまり、完全に両者は無関係であったのだ。
「関係が無い事を証明する」ことは「関係がある事」を証明するよりもずっと難しい。と言うより、科学的には不可能なのである。血液型と性格の因果関係が「無い事」も同じく証明が出来ない。科学的に出来ることは、現状で集められる限りに集めたデータでは、血液型と性格にはなんら因果関係がなかったということが“暫定的に”指摘出来る、という態度だけなのだ。この科学の特性故に、血液型診断はいつまで経っても、100 %否定されるということは無いのである。このあたりも、日本人の血液型診断信仰が絶えない理由の一つである。
このように日本人は血液型診断について、その科学的な経緯をなにも知らないのに、ただただ闇雲にそれを「なんとなく正しい」と信じている。これはもはや宗教である。もともと民族的なバリエーションが極めて少なく、戦後差別なども水面下に押しやり見えづらくし、「一億総中流」として、高い均一性を誇って来た日本社会。「他者と違う」ということをなんら悪びれることなく話題に出来る「遊び」として、血液型診断が使われたのではないだろうか?この辺りにも、世界的に見て、日本だけで特別に血液型診断が何度も繰り返し大ブームになって来た原因があるのではないだろうか?心理学と社会学の接点がここに見出せそうだ。
テーマの一つが、「心理学、実験中!」。
心理学とは、人の心を明らかにすること。 現実世界とバーチャルな世界、主観世界と物理世界、生と死。 私たちはこれらの対極的な世界の狭間、 二つが作る「渚」をさまよいながら行き来する冒険者だと言えます。 この世界はどうやって出来てきたのか? この世の面白さを、アートとあなたの心を通して見ていきます。
文献
古川竹二 (1927). 血液型による気質の研究 心 理学研究, 2, 22-44.
血液型でわかる相性―伸ばす相手、こわす相手 (プレイブックス) 新書 – 1971/9. 能見 正比古 (著). 青春出版社
松井豊 (1991). 血液型による性格の相違に関す る統計的検討 東京都立立川短期大学紀要, 24, 51-54.
Wu, K., Lindsted, K. D., & Lee, J. W. (2005) Blood type and the five factors of personality in Asia. Personality and Individual Differences, 38, 797-808.
Cramer, K. M., & Imaike, E. (2002). Personality, blood type, and the Five-Factor Model. Personality and Individual Differences, 32, 621-626.
Rogers, M. & Glendon A. I. (2003). Blood type and personality. Personality and Individual Differences, 34, 1099-1112.
縄田 健悟 (2014) 血液型と性格の無関連性 ― 日本と米国の大規模社会調査を用いた実証的論拠―. 心理学研究, 85, 148–156.